Novels 1
□11月11日
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「なー、恭弥。今日が何の日か知ってる?」
我が物顔で応接室の来客用ソファーに座ったディーノが、構ってもらいたくてうずうずしている犬の表情で雲雀に問いかける。
今日は、11月11日。
聞かれて答えられないのも悔しくて、雲雀は頭の中に詰め込まれた知識を引き出す作業に取りかかった。
「第一次世界大戦停戦日」
「……えーと」
「違った?」
「や、合ってるけど。それはそれで。でも他にもあんだろ」
「そう言えば、数年前のこの日にPS3が発売されたね」
「ゲーマーかよお前。や、そうじゃなくて、ホラ、何とかの日ってあんじゃん」
「ああ、確か介護の日。あなたまだ介護が必要な歳じゃないよね」
「必要ねえし、それでもねえ。食い物関係であんだろ」
「麺の日らしいよ。1111が細長い麺をイメージするんだって」
「もっとメジャーなもんがあんだろうが」
ついに頭を抱えてしまい、もうやだこいついやそんな抜けてるトコも可愛いけど、と回りだしたディーノだったが、気を取り直して雲雀に相対した。
「これだ」
取り出したのは確かにメジャーな菓子類。
「ポッキー……」
「何で『麺の日』が出て『ポッキーの日』が出ないかな。同じ理由だろうが」
「生憎、江崎グリコは僕の支配下には置いてない」
「そこ?ねえ、そこなの問題は?」
がさがさとパッケージを開けて、ディーノは小箱から細長い菓子を1本取り出した。
「つーワケで、ポッキーゲームしようぜ」
「……何、それ」
「知らねえ?」
ディーノは取り出したポッキーの端を咥えてみせる。
「こやって二人が両端から食ってくの」
「勝敗は?」
「途中で口離した方の負け」
「……どっちも離さなかったら?」
「最後はちゅーしちゃうなー」
ニヤニヤ笑うディーノの顔には『それが目的です』と大書きしてある。
それを見て取った雲雀は、当然
「やらない」
けれど、これまた当然この答えはディーノの想定内だった。
「ま、ゲーム自体知らなかった恭弥じゃ負けるに決まってるもんな」
これ見よがしに咥えたポッキーをぽりぽりと咀嚼する音が、雲雀の気に障った。
「バカな事言わないで。僕が負ける筈ないだろ」
「んじゃ、やってみっか?負けた方は勝った方の言う事聞くってことで」
「望むところだ」
ディーノの思惑通りに乗ってきた雲雀を可愛く思いつつ、新しい1本を咥えなおす。
「ホラ、そっち側咥えて」
「逆」
「あ?」
「チョコの方から食べる」
「あ、そうですか」
ディーノは笑いを堪えながら咥えていたそれを雲雀に与え、彼がそれを食べきった頃、新たに取り出した1本を所望されたとおりに差し出した。
「んじゃ、スタート」
その掛け声を合図に、雲雀は勢い良くぼりぼりと音を立てながらポッキーをハイスピードで食べ始めた。
「ちょ、ストップストップ!待て!」
「何」
「早えよ!」
「スピードも勝敗に関係するよ」
「そんな設定はいりません!これはだな、もっとゆっくりじりじりと、唇が触れ合うかもしれないどうしよう、って思いながら進めるゲームで」
「あなたの負け」
「あ?」
「口、離した」
確かに、待ったをかけた時点でディーノの負けは確定した。
「んだよ、それ」
ソファーに突っ伏してうっとおしく落ち込むディーノを見下ろし、雲雀は口元に残った菓子を食べ切った。
「負けた方は言う事聞く約束だよね」
本気で泣きそうなディーノを見下ろして、雲雀は笑みを浮かべる。
「あーはいはい、何なりと」
「残ったの、食べたい」
数本しか消費していない小箱の中には、まだ沢山のポッキーが。
苦笑してディーノが箱ごと手渡すと、その中から1本を取り出して咥えた雲雀が顔を近付けてきた。
「恭弥?」
肩に手をつき身体を屈めて自分を見下ろす雲雀。
あまり無い構図にディーノが放心していると、口元に菓子の先端が当たった。
「んだよ……」
「仕方ないから、半分あげる」
恩着せがましく上から目線で、しかもディーノに与える側はビスケット側。
「食べないの?」
「食う」
先ほどに比べ、随分とスローペースで食べ進める。
(あ、やべ)
そろそろ中間地点。
このままだと。
ディーノが齧る動きを止めると、雲雀もまた動きを止めた。
そして。
(うわ……)
雲雀がそっと瞳を閉じてくれたから。
甘い菓子と甘い唇、その両方を堪能するべく、ディーノは動きを再開させた。
2010.11.11