Novels 1
□anniversario
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先程までの騒音が止み、辺りに静寂が戻った。
足元に転がる輩に目もくれず、雲雀はトンファーを一閃させ付着した血を払う。
己の力を過信する輩は多い。相手の力量を侮る輩も。
どちらかに限っても愚かだが、その両方の特性を備える輩は思考する間もなく地にひれ伏す事になる。
雲雀の前では。
久しぶりの日本、久しぶりの並盛。
東アジアでの仕事を終え、その報告の為この地にいるボスの下を訪れた、その帰り道だった。
久しぶりの『巡回』には数多くの群れが釣れた。
昔と違うのは、雲雀の姿を見ても怯えずに、むしろ好戦的に襲い掛かってくる事。
決してそれは『勇敢』ではなく、見た目で相手を判断する『愚行』に過ぎないのだが。
「僕の留守中も、ちゃんと狩っておいてくれないと」
日本に於ける風紀財団の拠点であるにも関わらず、並盛の秩序が守られていない事に不快を示す雲雀に、部下は地面に額を擦り付けて詫びを入れた。
(準備運動にもならないな)
倒れ伏した連中をそのままに、雲雀は草壁が待つ車へと乗り込んだ。
財団施設へ向かう車の後部座席で、雲雀は流れる風景をぼんやりと見つめていた。
視線を少し上に転じれば、そこは秋の空。
夏の、抜けるような青空とは違う、吸い込まれそうな深みのある澄んだ空。
地球上の何処でも繋がっている筈なのに、イタリアで見る空とは少しだけ違う気がした。
「行き先を変えてくれる」
「どちらへ?」
「並中」
雲雀の指示通りに方向を変えた車は、やがて並盛中学校の校門へと辿り着いた。
車から降りるでもなく、雲雀は後部座席に座ったまま、かつて君臨していた学び舎を見つめていた。
(そう言えば、この時期だったな)
遠目からでもすぐに分かる応接室の場所。幼い自分はそこで派手な男と初めて出会った。
薄暗い室内でも煩いくらいに金髪が輝いていたのを覚えている。
そして屋上。
陽の光の下対峙した男は、やっぱり煩いくらいにキラキラしてて。
自分と対等以上に戦える相手は、あの小さな赤ん坊しかいなかった。
けれど赤ん坊はめったな事では戦ってくれず、雲雀は満足いくまで暴れたい衝動を体内で飼い殺すしかなかった。
『お前が雲雀恭弥だな』
そう言って突然現れた自称家庭教師の男にだって、負ける気はしなかった。
少しでも退屈を紛らわせる事が出来れば、それでよかった。
『修行』などと言う名目はどうでもいい、そこそこ強いらしい目の前の男を這いつくばらせれば、持て余していた衝動も少しは治まるだろうと思っていた。
負けてはいなかったと思う。
けれど、スピードも視野も判断力も、そして何より腕力や脚力といった全身の力も、どれ一つとして勝てなかったのも事実だ。
あれから10年。
成人して数年が経ち、男として身体も出来上がった。
昔より力もつき、強さだって増した。
それでもまだ、彼には敵わない。
(正直、悔しいな)
目を細めて、雲雀は遠くから屋上を見つめる。
まだ足りない。
強さが、まだ自分には。
彼と肩を並べ、時には背を預け、歩いていけるだけの強さが。
(もっと)
もっと強くなりたい。
「校内には入らないんですか」
「必要ない」
草壁の問いかけを躊躇無く切って捨てる。
あの応接室も、あの屋上も、きっと変わらずあのまま在る。
入ろうと思えばいつでも可能だ。
けれど。
(一人で物思いに耽るのもシャクだしね)
雲雀は目を瞑り、上体をゆっくりシートにもたれさせた。
「出して」
「へい」
「疲れたから少し寝るよ。声はかけないで」
「分かりました」
草壁が運転する車が静かにその場を離れた時、雲雀の胸元で小さな振動音が聞こえた。
携帯を取り出し、着信したメール本文を確認した雲雀は小さく微笑み、再び目を閉じた。
『こっちでの仕事は終わった。お前の滞在中に日本へ行けるから、そしたらまた並中の屋上で手合わせしようぜ』
小さなデジタル文字に心が温まる。
(あの人も、覚えてたんだ)
10月14日。
初めて二人が出会った日を。
ディノヒバおめでとう!出会ってくれてありがとう!
2010.10.14