Novels 1

□癒しの花
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空が高い。

まだ陽が射すと汗ばむ気候だが、時折吹く風は涼を運んでくれる。
少し見なかった内に、公園の草花も様変わりしているのが分かった。
盛夏の頃は力強く生い茂った草木に目が行ったが、そろそろ秋を迎えようとする今の頃は、可憐な花達に自然と視線を奪われる。

「邪魔なんだけど」

木陰を作る大きな木の根元。零れ落ちる木漏れ日も昼寝には丁度いい。
その場所は、並盛町における雲雀恭弥の指定席の一つだった。
普段なら誰にも邪魔される事なく一人のんびりその身を横たえるのに、今日は、横たえた身体のすぐ側にもう一人。

「いいじゃん。二人で昼寝でもしようぜ」

大きな身体を横たえ肩肘をつき雲雀の顔を覗き込むのは、久しぶりに会ったイタリア人。

「忙しいんじゃなかったの」

「うん、忙しい忙しい。恭弥の顔見るので超忙しい」

からかわれたと思ったのだろう、上体を起こしトンファーを取り出す雲雀をすんでのところで止める事に成功したディーノは、雲雀を抱きとめたまま再び芝生へ身体を沈めた。

「ちょっと!」

触れそうなくらい近くにある綺麗な顔。
鼓動が高鳴るのを隠すように雲雀は暴れるが、体格と力の差は明らかでそのまま押さえ込まれてしまった。

「イタリアでも、日本に来る機内でも仕事ばっかりだったんだぜー。少し休ませてくれよ」

夕刻からは会合が入っていると聞いている。
それまでの短い時間を休憩に当てるなら、こんな草むらではなく、ホテルのベッドで横になった方が間違いなく疲れは取れる。
ホテルに戻ればいいのに。

雲雀はディーノと顔を合わせた時にそう伝えたのだが、ディーノは相変わらずの笑顔のまま雲雀の傍らにいる。

「あー、癒される…」

頭上から落とされた小さな言葉に雲雀が視線を上げると、意外にもディーノの瞳は雲雀ではなく周囲に投げられていた。

何の変哲もない小さな公園。
特に目立つ設備もなければ広さがあるわけでもない。
なのにディーノは目を細めて嬉しそうに周りを見渡している。

「あの小さい花、何?」

「……コスモス。珍しくも何ともない」

「小さくて可愛くて綺麗だな」

「前から咲いてたよ。夏から秋にかけて咲く」

「そっか……前回来たときはバタバタしてたから気付かなかったんだな」

緩く雲雀の身体を抱いていた手が上がり、陽で温まった黒髪を梳く。その手が優しくて温かくて、だからつい口走ったのだろう。

「……もう少し経てば金木犀の花が咲く」

「うん?」

「ある日突然香るんだ。それで花が咲いたのが分かる」

「へー、日本らしい風流な花だな。俺まだ見た事ねーや」

「それまでいればいい……」

囁くような小さな声。聞き逃しそうなその声を、けれどディーノの耳はきちんと拾っていた。
照れ隠しのように背けられた顔は見えないが、髪から覗く耳朶や項は薄く朱に染まっていて、その様子はディーノの心を温かく満たしてくれる。

腕の中の体温は、高級な寝具や完璧に調整された空調などよりも、ずっと確実にディーノから疲労を取り除いてくれる。

愛しくて。
誰よりも何よりも大切で。
離したくないし離れたくない。

移り変わる季節も、その時々の花の美しさも、何よりも腕の中にいる大切な人を、これからもずっと見ていたい。
背が伸びて、骨格がしっかりして、筋肉がついて。
そうやって、綻ぶ花のように子供から大人へと変わって行くその時々をこの目で見ていたい。

「何?」

何を言われるでもなくじっと見つめられて落ち着かないのだろう。雲雀は、相変わらず視線を合わせずにぶっきらぼうに口を開く。

「んー、恭弥が可愛いなあって思って」

「な……っ!?」

「恭弥大好きーって思ってた」

「バカじゃないの!?」

暴れて腕の中から出て行こうとする雲雀を難なく押さえ込み、ディーノはようやく雲雀と視線を合わせる事に成功した。

「金木犀の花、見せて」

「……まだ咲かない」

「咲くまで待つから」

「……」

額に頬に、唇を寄せても雲雀は抵抗しない。

「待ってるから」

大人になって、自分と肩を並べて歩いていける日を。

「ずっと待ってる」

ずっと傍で。

「早く咲くといいな」

秋の空はあまりにも澄んで高くて。
どんな願いも吸い込んで、叶えてくれそうな気がした。



2010.09.08
 

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