Novels 2

□彼のいる秋の日
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青く高い空。穏やかに吹き抜ける心地よい風。
暑すぎず寒すぎない秋の気候は爽やかで、人々はこぞって外出しては群れ集う。
おかげで狩るべき獲物に事欠かないのはいいのだが、所詮弱い個体の集合体に過ぎない群れは雲雀にとって、ないよりはマシ、と言った程度でしかない。
昼寝後のストレッチにすら届かない運動を経て並中校舎に戻った雲雀は、無人の屋上へとやって来た。遮るものがないせいか、ここからはどこまでも広がる秋の空が見渡せる。

(あの時も、こんな空が広がってた)

自称家庭教師を名乗り突然現れた男と、修行と称した戦いに明け暮れた一年前の秋。
自分と同等以上の強さを持った人間と全力で戦える事は、雲雀にとって何ものにも代え難い喜びだった。

日が昇り、沈むまで、時間を気にする事なく目の前の男と武器を交わらせた。
絶えず流れる血と汗が織りなす閉ざされた空間は、間違いなく桃源郷だった。
熱に浮かされたように武器を振るい、叩き込み、反撃されては再度攻撃に転じ、やがて二人疲れ切って倒れ込んでは、都会にない新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んで体力回復に努めた。

あの夢のような日々は、今はもうない。
無数の傷と、一層の強さと、用途不明の指輪を与えた男がいなくなっても、あの時と同じように陽は昇り、そして沈む。
それを繰り返して、いくつかの季節がやって来ては過ぎ去って、またあの時と同じ秋が来た。

空の高さ、青さも、吹き抜ける風もあの時と変わらないのに、彼だけがいない。
ただそれだけの事で、昼寝日和な好天にも関わらず浮かない心に、我ながら驚く。
片っ端から群れを咬み殺せばつまらない気持ちも少しは慰められるだろうかと踵を返した時、重たい鉄製の扉が軋みと共に開かれた。

風に舞う豪奢な金髪。
鞭を携えた立ち姿。
不敵なのに、どこか明るい太陽を思わせる笑み。

現れた男の姿に、自然と雲雀の口端が上がる。
早まる鼓動。疼く四肢。細胞のひとつひとつまでもが歓喜に震えるようだった。

一年前、薄暗い応接室で相対した時に覚えたのと同じ感覚が雲雀を包む。

「会いたかったよ」

それはもう、焦がれる程に。

彼を叩きのめし、地に這い蹲らせる。
一年前には叶わなかった望みの命じるまま、雲雀は力強くアスファルトを蹴った。



恋に落ちていたのだと、雲雀がそう自覚したのは、それからすぐの事だった。




2014.10.14
 

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