Novels 2

□RE:BIRTH
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仕事の手を止めたディーノは傍らの時計を見た。
雲雀にしては珍しく前もって来訪を告げるメールが送られてきてから、けれどもう一時間が経っていた。
どこから来るのか。何時頃到着予定なのか。普通の人間なら伝えるであろうそこら辺を雲雀は全てすっ飛ばす。元より、連絡なしで来る事の方が多いのだ。

その自由気ままさは猫科の動物じみている。
雲雀を評して仔猫みたいだと言った時、側でそれを聞いていた部下全員に「アレを仔猫呼ばわりするのはあんたくらいだ」と、渋面でツッコミを入れられたのはつい最近の事。
それでもディーノは、雲雀は猫っぽいという認識を捨てていない。
だから、ようやくノックすらせず乱暴に開けられたドアから、肩に白い仔猫を乗せた雲雀が現れた時、つい脊髄反射的に

「仔猫が仔猫連れてきた」

と呟いてしまい、何が、とひどく不機嫌そうに睨まれてしまった。

「遅かったじゃねーか。つか、その猫どうしたよ」

「近くのビルの裏で鳴いてた。申し訳程度の毛布を敷いた小さなダンボールの中で。自由に拾得しろっていう趣旨のメモ付きでね」

「それって、捨てね」

ぎろりと剣呑な目を向けられたから、ディーノは最後まで言わずに口を閉ざした。
こと小動物に関して、迂闊な言葉を雲雀にはかけられないのだ。

「えと、それで、その猫どーすんだ?お前が飼うのか?」

「まさか。自力で生きられない非力な生体を側に置く気はないよ。今、風紀委員達に引き取り手を探させている」

「ああ、情が移っちまうもんな」

再び剣呑な目を向けられて、ディーノは慌てて口を押さえた。

「家に連れて行くよりここの方が近かったから来た。飲食物を与えてあげてよ」

ホテルのスイートルーム備付の冷蔵庫には、仔猫に与えられそうなものと言えば牛乳くらいしか入っていない。
人肌に温めた牛乳を舐め終えた仔猫を雲雀が洗面所で洗っている間に、ディーノは部下を走らせて猫用の餌を買ってこさせた。

皿に移した餌の半分を食べ終えた仔猫はパンパンに膨らんだ腹を惜しげもなく晒し、雲雀の膝の上で無防備に転がっている。
野生とは、と突っ込みたくなる姿だが愛らしい事この上ない。きっと引き取り手にも困らないだろう。
案の上、写真を見せながら引き取り手を探しているらしい風紀委員達からは、引き取り希望者がいるという趣旨のメールが続々と届いているらしい。
雲雀は一通一通吟味しては丁寧に返信している。もっとも細部に関しては草壁に一任しているようだが。
一時間程メールのやり取りをした後、雲雀は仔猫を抱き上げておもむろに立ち上がった。

「引き取り手が決まったらしい」

「決定なのか?お前が確認しなくてもいいのか?」

「当人に会った草壁が決めたんだ。彼の人を見る目は確かだよ」

「それもそうだ」

そう言われてディーノは激しく肯定した。
雲雀に仕えるという決定それ自体が、その最たるものだと思うからだ。

「手数をかけて悪いけどあなたの部下をひとり借りられるかな。この子を草壁に届けて欲しい」

「それは構わねーけど。お前は?行かねーの?」

今度は、雲雀は何も言わなかった。
一見、いつもと変わらぬ無表情だが、仔猫に注がれる瞳には慈愛の色が乗っている。別れ難いのだという事は一目で知れた。だからこそ、今ここで手放してしまいたいのだろう。

ディーノはロマーリオに事情を説明して仔猫を託した。
薄汚れたダンボールではなく、餌と一緒に購入させた綺麗なキャリーバッグに入れて。
バッグから顔だけを出した仔猫が、じっと雲雀を見詰めて一声鳴いた。
礼とか、挨拶とか、いろんな意味の込められた一声だと、ディーノには何となく分かった。
雲雀は小さく手を振って、新たな飼い主の元へ届けられる仔猫を見送っていた。

その後はソファーで寛いだり寝転んだりいつも通りの行動をする雲雀だったが、ディーノの目には寂しそうに映った。

「寂しいんだろ」

「誰が」

ちょいちょいと鼻先に触れた指は容赦なく叩き落とされた。そんな仕草もどことなく猫っぽい。

「ヒバードもロールもいるんだしさ、あいつも一緒に飼ってやればよかったのに」

「自力で餌を取れて寝床も見つけられる鳥や、V.Gのパーツと一緒にしないでくれる」

「や、もうあいつらお前のペットみてーなもんじやん」

「全然違う。僕は彼らを庇護している訳じゃない。僕と彼らは対等だよ」

「そんなもんかね」

「僕は、側に置く生体とは常に対等でいたい。あの子を庇護した時点で、僕はあの子にとって世界の全てになる。そんな事僕は望まない。あの子の世界は僕じゃなくて、他の優しい誰かであるべきだ」

恐らくは、愛していた飼い主に捨てられた猫。
幼く、人語を解さない身であっても、自分に何が起きたかは分かっているのだろう。
薄汚れたダンボールの中で、どんな気持ちで鳴いていただろうか。
雲雀に抱き上げられるまで、ひとりぼっちでどんなに心細かっただろうか。
願わくば、新たな飼い主の元で、新しく生き直せるといい。

「てっ」

しんみりと猫の今後に思いを馳せていたディーノは、ぐい、と髪を引っ張られて我に返った。

「何すんだ」

「心配性」

「るせ」

「大丈夫だよ。見てて分かったろ。あの子は意外と図太い」

「確かに」

「もう少し育ったら力強く自活出来そうだ。でも僕には、その類の生体は間に合ってるからいいや」

「あー、ヒバードとロールな」

「もう一匹、金色の毛並みをした大型犬みたいなのもいるけどね」

「……あ?」

それは誰の事だと聞こうとした時、雲雀の手元で軽やかな着信音が鳴った。
メールを開いた雲雀の顔に自然な微笑みが上る。
そっとディスプレイを覗き見たディーノはそこに、優しそうな老夫婦の腕に抱かれ、安心しきって眠る仔猫の姿を見た。



2014.09.08(サイトUP 2014.09.14)
 

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