Novels 2

□トライアングル
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恭弥は飼い主と一緒に出掛けたり手合わせをしたりと、アクティブに過ごす休日が好きだ。
でもそれと同じくらい、各自気ままに寛いで過ごす休日も好きだ。
今日の気分は後者だった。

買ってもらったばかりの本を読みふけり、静かで穏やかな時間を満喫していた恭弥の耳に、突如として激しい物音が響いた。
猫の遺伝子を組み込まれた恭弥の耳は、人間には聞こえない小さな音も拾う。その耳に響いた、身体が飛び上がる程の激しく大きな落下音。

出処は弟の方の飼い主の部屋だった。
頼りになる飼い主の彼は、けれど時として信じられないくらいへなちょこだ。
部屋の中、何かに躓いて転倒でもしたのだろうか。あの音の大きさからして相当の被害が生じているに違いない。
恭弥は本を放り投げ、大慌てで飼い主の元へと走った。

「いってー……よお、恭弥」

ノックもそこそこに飛び込んだ部屋の中は、恭弥が危惧した通りの有り様だった。
部屋のあちこちに大量の箱や雑貨が散乱して足の踏み場もない程だ。
ガラス等の鋭利な壊れ物がない事だけが不幸中の幸いか。
そんな部屋の真ん中で、飼い主であるディーノが大の字に転がっている。彼の側に倒れている脚立を見て、恭弥は何となく何が起きたかを悟った。

「大丈夫?」

「咄嗟に頭庇ったから何とか平気。あーくそ、いってー。突然脚立倒れんだもんなー」

「僕が思うに、脚立の上であなたがバランスを崩したんだと思うよ。何してたの」

「不要品の整理。段箱に何突っ込んでたか分かんなくなっちまったから、この際全部整理し直して大量廃棄してしまおうと」

不要品の廃棄と聞いて恭弥の瞳がきらりと光る。大好きな飼い主の私物を貰えるチャンスだ。
ペットの考えなどお見通しのディーノは苦笑して、辺りに散乱した箱のひとつを手に取る。
そして中身を確認するや否や、不自然な程の素早さで部屋の隅へと投げ飛ばした。

「手荒に扱わないで。僕のものになるかもしれないのに」

「ならねえ。アレだけはならねえ。アレは即刻焼却処分だ」

「駄目だよ勿体ない。せめて僕に見せてからにしなよ」

「誰がガキの頃の写真なんか見せるか」

そう吐き捨てたディーノはすぐに自分の迂闊さに気付き口を押さえるが、時既に遅し。
期待に満ちた恭弥の瞳がさっきよりもキラキラ輝いている。

「写真?子供の頃の?」

「何でもねえ。今のナシ」

「この耳でしっかり聞いたよ。ねえ、幾つの頃の?見せてよ」

「駄目。ぜってー駄目」

「やだ。見る。箱貸して」

「駄目だって。こら、恭弥。これは命令だからそれに触んな」

「それ、ずるいよ」

いかなる理由があろうともペットが決して逆らうことの出来ない、飼い主による『命令』。
恭弥の意思をいつも尊重してくれる優しい飼い主は、余程の事がなければそれを振りかざさない。
それなのに、このタイミングでこの仕打ち。ずるい、なんてものじゃない。

「何とでも言え。こればっかりは駄目ったら駄目」

ディーノは閉じた箱の上からガムテープを幾重にも巻き、完全に封印してしまった。
これではもう手も足も出せない。
眉間と鼻の頭に皺を寄せた恭弥が、せめてもの抵抗にとぐるぐる威嚇の喉音を鳴らした時、背後のドアが開かれた。
入ってきたのはディーノの十歳違いの兄。恭弥にとってはもうひとりの飼い主だ。

「すげー音がしたから来てみたら、部屋ん中もすげー事になってんな」

「脚立ごとひっくり返っただけだ」

「怪我は?」

「へーきへーき」

「恭弥は?巻き込まれてないか?」

「僕も音にびっくりして様子見に来たから平気」

「そっか、よかった。って恭弥?何ムクレてんだお前」

「だってディーノが」

飼い主の幼少期の写真という恭弥にとっては垂涎物のレアアイテムを見せてもらえない不平不満を、恭弥はここぞとばかりにもうひとりの飼い主にぶつける。
その横で、封印した箱をしっかり抱えて耳に手を当て「あーあーあー、聞こえない聞こえない」と大人げなく繰り返すディーノの姿が、一層恭弥のムカつきを誘った。

「何だそんなもん。言えばいつでも見せてやったのに」

「ああ!?ちょっと待て!何でお前が俺のガキの頃の写真持ってんだ!」

「家族の写真を持ってない方がおかしいだろ。おいで恭弥」

「見せてくれるの?」

「勿論。ついでに俺のも見るか?こいつと殆ど変わりねーけど」

「うん。見る」

「待て待て待て!……うわああっ!」

持ち前のへなちょこさの賜物か、二人を追いかけようとしたディーノはその場に転がっていた丸い缶に足を取られ、盛大に転んでしまった。
その振動が伝わったのか、運悪く扉が開いていたキャビネットから大量の本がドサドサとディーノ目掛けて降り注ぎ、敢えなくディーノは足止めを余儀なくされてしまった。
その隙に恭弥はもうひとりの飼い主に連れられて、彼の自室へと赴いた。
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