Novels 2

□執着
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並盛神社の境内をざわざわと人が埋めていく。
普段は『閑散』という言葉がよく似合うこの場がこれほどの賑わいを見せるのは、年に二度。夏の花火大会と正月の初詣だ。
あと数分で新しい年を迎える今日は、大晦日。
あちこちで発生する群れの風紀を率先して正しまくっていた雲雀は今、他の委員達に人員整理や整列管理を任せ、境内から離れた高台でそれらの様子を見下ろしていた。

喧騒は勿論、明かりもここまでは届かない。
そのせいか、仰いだ先の夜空には沢山の星が見えた。
とは言っても、ここは人里離れた山奥でも秘境でもない。地上の明かりはどうしたって星達の瞬きを消してしまう。
落ちて来てしまうんじゃないかとすら思うほど、明るく輝く大きな星々が夜空いっぱいに広がっている。そんな場所が世界中には沢山あるのだと、聞いてもいない事を嬉しそうに笑って教えたのは、そう言えば、あの男だったか。

自称家庭教師の彼は、今まで自分の側にはいなかった類の人間だ。
邪険にしても殴る蹴るの暴行を働いても彼は一向に堪えた様子を見せず、常につきまとって来る。
あまつさえ肩を抱いたり手を繋いだりと暑苦しいスキンシップをはかってくるのだが、不思議と嫌悪を感じた事はない。
それは恐らく彼の持つ、稀有な強さ。
この自分が全力で向かっても咬み殺せなかった人間など、そういない。
金の色を持つあの男は、気付けばいつの間にか雲雀の心に入り込んでしまっていた。

ふう、と息をついて雲雀はふるりと頭を振る。
今はまごう事なき仕事中。それなのに、集中するどころかほかに意識を逸らすなど、我ながらたるんでいる。

(あのひとのせいだ)

本来すべき事を差し置いて誰かを思い煩ったり、交わした言葉を思い出したりなど、かつてはなかった事だ。それは彼に限定して起きているのだから、すなわちそれは彼のせい。
仕事中でもうるさくつきまとう彼は、本体がここにいなくても、記憶だけで既にうるさい。
ガラガラと大きな鈴の音が聞こえだした。参拝が始まったのだ。
と言う事は。
時刻を確認しようとした雲雀の手で、携帯が小さく鳴る。
表示されたのはメールの受信を知らせるアイコン。
こんなタイミングでメールを送って来る人間など、雲雀の関係者の中ではひとりしかいない。
案の定、差出人名には『馬』の一文字。

『あけましておめでとう』

と書かれた本文は、今この時に於いて相応しい文言ではあるが、イタリアは確か時差がある。向こうが今何時なのか知らないが、わざわざそれを計算して送信したのなら、ご苦労な事だと思う。
操作せずに放置していたら、携帯のバックライトがやがて消灯した。
けれど間を置かず、再びディスプレイに光が灯る。『馬』の一文字を、鮮やかに浮き上がらせて。

「馬が何の用」

『な……っ、おっまえなあ!超珍しく電話出てくれたと思ったら、何だその言い草!』

「不平不満しか言わないなら切るよ」

『待てこら!誰のせいだ!そうじゃなくて、あのさ、そっち日付変わったよな?』

「そうだけど」

『へへへー。恭弥、あけましておめでとう。今年もよろしくな!』

「……そんな用件、メールで済むだろ」

『メールもしたかったし、電話でも言いたかったの。一年の計は元旦にありって言うしな』

並みの日本人より日本語が達者な彼は、その後も、やれ風邪はひいていないかだとか、あまり喧嘩を売って歩くなとか、顔を合わせた時に掛けるのと何ひとつ変わらない小言を口にする。
聞き飽き、鬱陶しくすらあったそれらが、デジタル処理をされた後に耳に届く事が気に入らない。これらの言葉は肉声で告げられるべきだ。

「ねえ。今すぐ来てよ」

『ああ?無茶言うな。こっちだって仕事が詰まってんだよ』

「正月休みだろ」

『マフィアにそんなもん、あるか』

「いいから来て。会いたい」

『な……』

その後数秒に渡って携帯からは物音ひとつ聞こえなくなったから、壊れたものに用はないとばかりに雲雀はフリップに手を掛けた。
軸を起点に、正に二つ折りに破壊しようとした時、感極まったような叫び声が聞こえて来たけれど、それは日本語ではなかったから、雲雀にとっては全く持って意味を成さないものだった。

「何なの。うるさい」

『恭弥が!恭弥が会いたいって!俺に会いたいって!うっわマジか!俺の気持ち、ようやく分かってくれたんだな!俺も愛してるぜ!よし、すぐ行く。明日行く。ジェットどころか、ユーロファイターだって飛ばしてやる!』

「何言ってるか分からないけど、最後のは国際的に迷惑だからやめてくれる。普通に来てよ。そして新年早々僕に咬み殺されて地べたに這い蹲って無様な姿を晒すといいよ」

『今の俺には情熱的な愛の告白にしか聞こえねえ。よし、超特急で仕事終わらせてそっち行くから待ってろよ。愛してるぜ恭弥!じゃあな!』

雲雀には、意気揚々と告げられた言葉の半分もよく分からなかったが、どうやら近日中に現れるらしい事だけは分かった。

(十分だ)

再び沈黙を取り戻した携帯をしまいこみ、その代わりとばかりに愛器を取り出す。
暗闇の中でも鈍色に煌めくトンファーは、まるで今の自分の気持ちを映し出したようだと思う。

(あのひとに会える)

身体に満ちる高揚感は、きっと、思う存分戦える事への期待感だ。
彼の声が耳から離れないのも、瞼の裏に最後に見た彼の笑顔が浮かぶのも、きっとそう。
新年早々彼を咬み殺す事が出来れば、今年はきっといい一年になるだろう。
でも、だからと言って、それで終わりになんかしない。
何度だって戦って、何度だって咬み殺したい。
あの男には、そう思わせる何かがある。

「つきまとっていれば、分かるかな」

執着の理由。他者との違い。
こうして、すぐ彼の事を考えてしまう理由も。
下方にのぞむ多数の明かり。
風に乗って聞こえてくる楽しげなざわめき。
大きく息を吸い込むと、冷たくも清冽な空気が胸に満ちる。
新たな年に生まれた新たな思いを抱き締めるように、雲雀は自身の身体を抱く。
脳裏を掠めた力強い腕の記憶を、今は見ないように振り切った。



2013.12 冬コミ無配
2014.03.15サイトUP
 

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