Novels 2

□雛
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ピンクの色彩がこんなに沢山広がっているのを見るのは初めてかもしれない。
商店街のあちこちに、薄桃色の花がいっぱい咲いた枝が飾られて、店の中はそれに負けない程可憐な色合いで溢れている。
そんな中、きょうやの目を引いたのは一軒の和菓子屋だった。
いつもは見かけない、淡色をした小粒の菓子。爪の先程の大きさのそれは丸くて、ころころ軽そうで、小さな器の中に品良く収まっている。
その菓子の横には、それよりも大きなピンク色の和菓子も並んでいて、こちらも見かけた事のないものだった。
ショーケースの上部に置かれた、綺麗な着物を身に纏った和顔の人形二体も気になったけど、きょうやの興味は綺麗なお菓子に向かったままだった。





「そりゃ、今日は雛祭りだし」

帰宅後きょうやはさっき見た珍しいお菓子の事を急いで兄に報告したけれど、兄のディーノはさほど興味がなさそうだった。
あんなに可憐で綺麗なのにと思わなくもなかったが、雛祭りという耳慣れない言葉の方が気になった。

「何、それ」

きょうやの質問にディーノは時に考えながら、時に本で調べながら雛祭りについて答えてくれた。
難しい事はよく分からなかったが、どうやら雛祭りとは女の子の為の日らしい事は理解した。

「俺らには関係ねー日だよ」

駄目押しにそう言われ、きょうやはがっくりと肩を落とした。
お店にあった綺麗なお菓子は女の子の為のもの。男の自分は食べられない。
なんだか無性に残念になって俯いていたら、突然小さな袋を差し出された。

「雛あられ食いたいなら、これやる」

「これ、どうしたの?」

「クラスの女子に貰った。いらねーって言ってんのに押し付けて、きゃあきゃあ言って帰ってった。何だったんだ、あれ」

クラスの女子、という言葉に、きょうやの機嫌は再び下降した。
父親譲りの顔と髪のせいか、ディーノは女の子に人気がある。
数人の女の子がディーノを取り巻くようにして歩いていたのを見た事もあった。
それを見た時、凄く嫌な気持ちになった事を覚えている。
ムカムカとイライラ。今も、それと全く同じ気持ちだった。

「いらない」

ディーノの手をぱしりと跳ね除けると小袋がぽとりと床に落ちた。
食べ物をこんな風に扱うのは良くない事だと教えられたけど、今はあまりにも気分が悪くて、そんな事を守ってはいられなかった。

「そんなのいらない」

「食いたかったんだろ?俺いらねえし、お前にやるよ」

「やだ。他のが食べたい」

「つってもこれしかねえし」

「じゃあいらない」

きょうやはぷいと顔を背けて膝を抱えた。
我が儘を言ったり駄々をこねたりした事が殆どなかったきょうやがこんな態度を取ったからか、ディーノはびっくりしたようで、機嫌を直そうと必死にあれこれきょうやに話しかけた。
それでも尚顔を背け口を開かずにいたら、ディーノもいい加減苛立ち始めたのか、

「勝手にしろ」

と言って部屋を出て行ってしまった。

きょうやはディーノと喧嘩をした事がない。
大好きな兄はいつもきょうやに優しくて甘やかしてくれるから、喧嘩になりようがないのだ。
彼の苛立った声なんて初めて聞いた。

「怒ったのかな……」

誰しも、好意を無下にされたら気分が悪いだろう。
しかもその上、不機嫌な態度を崩さなかったのだから尚更だ。

「僕のこと、嫌いになったのかな……」

ディーノに嫌われたかもしれない。そう思った途端、きょうやの目から涙が零れた。
その悲しさ、苦しさは、ディーノが女の子達と一緒に歩いているのを見た時以上のものだった。
あまりに悲しくて大声で泣きじゃくりたかったけど、そんな事をしたら間違いなく両親に聞こえてしまう。
そうしたらディーノが叱られてしまうから、きょうやはぐっと口を引き結び、立てた膝に顔を埋めた。
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