Novels 2

□Family
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家の近くの広い公園。遊びに行ったそこで、きょうやは小さな黒猫を見つけた。
みーみーと愛らしい声で鳴き、物怖じせず膝に乗ったり手を舐めたりする姿にすっかり心奪われて、何も考えずきょうやは仔猫を懐に入れた。
空腹みたいだったしもっと遊びたかったから、暖かい自宅へ連れて行くつもりで。



「どうしたそいつ?」

「仲良くなった。お腹空いてるみたいだったから連れてきた」

「ちっせーなー。皿でミルク飲めっかな」

「無理だろうね。貸してごらん」

両親が仔猫の世話をするのを、きょうやは瞳を輝かせて覗き込む。
やがて満腹になったのか、仔猫はぽっこりした腹を出し満足げに寝転んだり、かと思えばきょうやにじゃれかかって身体を這い上ったりやりたい放題だ。
きょうやの腕でも難なく抱ける小さな身体は暖かく、一緒にいるだけで愛しさがつのってくる。
もっと遊びたい。今だけじゃなくこれからもずっと。

「この子、ここで飼っちゃ駄目?」

「お前、世話出来んのか?仔猫の世話は大変だぞ」

「頑張る。ちゃんとする。沢山可愛がる。だから」

「駄目だよ。元いた場所に戻しておいで」

父親の妥協台詞に喜んだのも束の間、母親にはあっさりと却下されてしまった。
けれどきょうやにとってショックだったのは、この寒い中、吹きさらしの公園に戻せという心無い言葉。
母親も動物が好きなのは知っている。にも関わらずそんな事を言うなんてあまりにも酷いのではないか。

「や、恭弥、それはちょっと可哀想だろ」

父親も同じように感じたのか、珍しく言葉の端々に非難の色が滲んでいる。

「二人揃ってそんな目で見ないでくれる。そうじゃない。多分、近くに母猫がいた可能性がある」

「え?」

「見たところ怪我もないし衰弱してる様子もない。毛並みの具合からしても母猫が世話をしてるんだと思うよ。仔猫だけど生後それなりの月日は経ってる頃だ。この子の力だけで生き延びられる筈がない」

「なら、もしかしたら今頃心配してっかもな」

「きみが連れ去った時はたまたま不在だったんだろうね。でなければ、母猫に攻撃されてたかもしれないよ」

「虐めてないよ。遊んでただけだ」

「母猫から見れば可愛い子供を浚う悪い人間でしかないよ」

そうはっきり言われ、先程母親の言葉に受けたものとは別のショックがきょうやを襲った。
そんなつもりじゃなかった。けど、そう言われたらそうかもしれないと思う。
暖かい場所で食事を与え仲良く遊んでいただけで、危害を加えようなど思ってもいない。
けどその事情を知らない母猫は今頃、突然消えた我が子をどれほど心配していることだろうか。

「んじゃ、公園行くか」

仔猫を抱いたまましょんぼりと俯いたきょうやの身体が、暖かく力強い腕で抱き上げられた。

「母猫に怒られたら俺達が一緒に謝ってやっから」

「達ってことは僕も頭数に入ってるのかな。勝手に決めないで欲しいんだけど」

父親はお日様みたいな笑顔で見つめてくれた。母親はぶつぶつ文句を言うけど率先して三人の上着を用意してくれた。
優しくて大好きな両親。引き離されたら寂しくて悲しくて、きっと辛い。腕の中の仔猫だってそうだろう。
だから、ちゃんと返してあげなければ。



そして三人と一匹は件の公園に赴いた。
入り口を通ったあたりからきょうやの腕の中でそわそわしだした仔猫は、遊んでいた地点まで来ると声を上げて暴れ出した。
きょうやが腕を緩めてやると、小さな後脚でトンと胸を蹴り地面へ降り立ち走り去る。

「ほらきょうや、あそこ」

しゃがみ込み、後ろから抱き締めてくれる父親が指さした場所を見てみると、仔猫が別の猫にじゃれついているのが見えた。
仔猫より一回り大きくて、仔猫とよく似た色の猫。
母親らしきその猫はしばらくきょうや達をじっと見据え、やがて仔猫を促し植え込みに消えた。
仔猫は一度こちらを振り返ってから母親の後を追う。
細長い尻尾がするりと植え込みに消えるまで、きょうやは小さく手を振り続けていた。

「怒られなくてすんだみたいだな」

「こっちも保護者同伴だからね」

「よかったなきょうや。またここに来れば遊べるぞ」

「そうなの?」

「でも家に連れてきちゃ駄目だよ。遊ぶのはここでだけ。いいね」

「ごはんやおやつ持ってきてもいい?」

「本当はあまりよくないけど、たまに、それも少しだけならいいよ。その時は僕かこの人を誘うこと」

「うん」

「じゃあ帰っか。さすがに身体が冷えてきたぜ」

「年だね」

「るせ。きょうや、あっためて」

抱き上げられ、きょうやはぎゅうと父親に抱き締められた。
冷えたと言う割には父親の身体はポカポカしていて暖かい。
自分を暖めてくれるつもりで抱いてくれたのだと分かった。

きょうやは父親の首に手を回してしがみつく。その頭を母親が撫でてくれる。
父親の体温と母親の手の温もりが気持よくて、もっと欲しくて、きょうやは甘えるみたいに身体を擦り寄せた。
一目散に母親へと駆け出した黒い友達と同じように。



2014.02.22

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