Novels 2

□寂しくない日の終わり
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いつまでも包まれていたくなるような心地よさ。
毎晩身近にあった温かな体温は、けれど、今ここにある筈がない。それを持つ夫がいないのだから。
うとうとと夢現を彷徨っていた恭弥は、あり得ない感覚にがばりと飛び起き、そして目を疑った。
今しがたの感覚が夢ではなかったと知ったからだ。

すぐ隣で眠り込んでいたのは、夫のディーノ。
夫婦がひとつベッドで眠る事はおかしくも何ともないが、何と言っても今はまだ夕方だ。
経営者の夫がこんな時間に帰宅する事は今まで一度としてなかったし、最近は特に多忙で、帰宅時間は深夜に及んでいた。

「んー……おー恭弥、おはよ」

起床の衝撃が伝わったのか、目を覚ましたらしいディーノは大きな伸びをしてへらりと笑った。
疲労の跡は残るものの、恭弥のよく知る、また、大好きな笑顔だった。

「何してるの」

何せ、顔を見るのも声を聞くのも久しぶりなのだ。
ドキドキうるさい心臓を押さえつけ、平静さを保とうとするほど声音はつい素っ気なくなってしまったが、ディーノはそれを気にした様子もなく、一際嬉しそうな顔で笑いかけた。

「やっと仕事が一段落ついてさ。全部俺の手から離れたから、帰って来ちまった」

「そんな事して、他の人が迷惑してるんじゃないの」

「帰れっつったのロマだもん。俺がいると邪魔なんじゃねえ?」

ロマーリオはディーノの右腕を務める古参の幹部だ。
きっと彼は、ここ最近の上司の過労状態を気に掛けて、そう言ってくれたに違いない。

「へへへ、恭弥だ」

ぎゅうと抱きしめてくる腕はさっきまでと同じくらい、温かくて心地よかった。
だが恭弥には、それを満喫している余裕などない。
『失態』の二文字が頭の中を占めているせいだ。

今日は、帰宅後早々に家事を全て済ませ、仮眠を取っていた。
明日ディーノは久しぶりの休みだと言っていたから、今夜はどれ程彼の帰宅が遅かろうと出迎えるつもりで。
それなのに、あろう事か彼の帰宅に全く気付かず、呑気に寝続けていたのだ。

「昼寝の邪魔してごめんな。けど、久しぶりに恭弥を抱っこして寝たから、すげーよく寝れた」

けれどディーノはそれを咎める事なく、やさしくそんな事を言ってよこす。

「いつ帰ってきたの」

「一時間くらい前かな」

「起こしなよ」

「冗談。学校と家事で疲れてんのに、んな可哀想な事出来っか。俺の事はいいからもっかい寝ろ」

ばふ、と優しくベッドに放られた恭弥をおいて、ディーノは寝室を出ていこうとしている。
慌てて恭弥は起き上がり追い縋った。

「ん?」

「ごはん」

「いいって。何も言わないで早く帰って来たのは俺なんだから。適当に済ませるからお前は寝てろ」

「違う。ごはん、ある」

「え?」

「学校から帰って来てすぐ作った。今は、あなたの帰宅が深夜になっても出迎えられるよう仮眠してただけで……」

誤解されたままでいるのはしゃくだったから正直に言ったのだが、それでもやはり、行動理由を告げるのは恥ずかしかった。
赤くなっているだろう顔を隠すように広い胸に埋めると、少し躊躇いがちに髪を撫でられた。

「俺の事、待っててくれたのか?」

「……最近寒いから、湯たんぽと寝たかっただけだよ」

「そっか……うん、そうだな。俺も寒かった」

それは確かに言い訳だけど嘘じゃない。だって本当に寒かった。
適温に保たれた家の中。暖かな布団に潜り込んでも、心が寒くて風邪をひきそうだったのだ。

「結婚する前に言った事、忘れてないよね。僕の手料理は何でも食べる、同じメニューが続いても文句言わない約束だ」

「勿論。お前が作ってくれる料理はどれも美味いし、一週間同じメニューでも喜んで食うぜ」

「じゃあ今夜も明日の三食も、さっき鍋いっぱいに作った肉じゃがだけどいいよね。掃除も洗濯も全部終わらせたから、明日は何もしないしどこにも行かないよ」

「あー……うん、分かった。じゃあ明日は、二人一緒に家の中でゴロゴロしてような。腹減ったらお前が作っておいてくれた肉じゃが食べて、眠くなったら昼寝して、合間はずっとイチャイチャして過ごそうな」

意図が伝わった事が嬉しくて、でもやっぱり恥ずかしくて、恭弥はディーノの胸に額をぐりぐり擦付けた。
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