Novels 2

□誘惑の夜
1ページ/1ページ

猛暑と睡眠不足は確かに無関係ではない。熱帯夜で眠れない、というやつだ。
だが今ディーノが悩まされている睡眠不足にとってそれはあくまで間接的な原因でしかない。

一日が終わり、ディーノはおそるおそるベッドルームのドアを開け、そして予想通り睡眠不足の種が我が物顔でベッドを占拠しているのを見るなり頭を抱えた。

「そんな所に突っ立ってないで入ってくれば」

間違いなくここはディーノが契約しているホテルの部屋だ。
一銭も宿泊費を払わない雲雀が上から目線で言う台詞ではないが、それ自体が問題なのではない。
ついでに言えば、ベッドの中央に座り込まれていようが、男二人が並んで寝ても余りあるキングサイズのベッドは無駄に広く、雲雀が邪魔で眠れないという訳でもない。
問題なのは、風呂上がりらしい雲雀の格好だ。

「だから、そんなカッコしてんなっていつも言ってんだろーが!真っ裸でいたら風邪ひくぞ!腹下すぞ!」

真っ裸、と言うのは必ずしも正しくはない。
けれど今の雲雀が身に着けているものは、肩に羽織ったバスタオルとボクサータイプの下着のみ。
半裸と言うには肌面積が大きすぎるだろう。
これこそが、熱帯夜以上にディーノを睡眠不足に叩き込んだ元凶だった。

「気温も湿度も高いこの時期に風邪なんかひく筈ないだろ。暑いんだから仕方ない」

「だったら冷房強くすりゃいいじゃねーか!」

「そっちの方が身体にも環境にも悪いに決まってる。あなたいちいちうるさいよ」

言いざまこちらに向き直られたので、裸体を視界から遮るため、慌ててディーノは頭からシーツを被って蹲った。
雲雀の言い分は正しい。正しいが

「だいたい男同士でどんな格好してようが構わないだろ」

という言葉には、全面的に異議を申し立てたい。
申し立てたいがその異議だって完全にディーノの側の問題なのだ。

裸になろうがひとつベッドで眠ろうが、ただの同性同士ならどうという事はない。
だが雲雀はディーノにとってただの同性ではないのだ。
側に来られると胸が高鳴るし、もっと一緒にいたいと思うし、出来る事なら触れたいとも思う。
端的に言ってしまえば雲雀のことが好きなのだ。そういう意味で。

だから雲雀の裸なんて見てしまえば欲を覚えるし、無防備に近付かれれば理性が危ない。
一度この状態の雲雀をシーツで簀巻きにして肌を隠そうとした事もあったが、鬱陶しがった雲雀にあっさり返り討ちにあったお陰で、今では自分の視界を遮るのが最善という結論に達している。
でもそれだって完全防御からは程遠い。

「これ邪魔」

「わ!」

ぐい、とシーツを引かれ、あっさりディーノはベッドに転がり出されてしまった。

「この暑いのにシーツにくるまるなんて、見てるだけで暑苦しいからやめてくれる。ほらもう寝るよ。明日も朝から手合わせしなよね」

「こらー!」

下手に手を伸ばせば雲雀に触れてしまいかねなくてあわあわしていると、雲雀は押し倒したディーノの左胸に頭を載せて、寝る態勢に入った。

「あっち行け!ベッドあんなにあいてんじゃねーか!」

「枕は黙ってなよ」

「こら!抱きつくな!」

「うるさい」

がつんと頭を殴られたディーノが涙目になって衝撃に耐えている隙に、どうやら雲雀は寝入ったらしい。

「俺は抱き枕じゃねーっつの……」

裸で寝るほど暑いならくっつかなければよさそうなものなのに、心音が落ち着く、との理由で雲雀は夜毎ディーノと一緒に寝たがる。
健やかに眠る子供を無理に引き剥がすことも出来ず、子守唄代わりの心音を怪しく乱す訳にもいかず、結果ディーノは一睡も出来ないままひたすら頭の中に小難しい数式を並べたり、自宅厩舎にいる馬の名前をアルファベット順に読み上げたりと、不埒な行為に出ないための涙ぐましい努力をもって夜を明かす事になるのだ。

(早く冬になれ……)

そう切に願うディーノは、しかし、寒さ厳しく人肌恋しい冬になったらなったで、暖を取りに来た雲雀相手に同じように悶々とする羽目になるのを今はまだ知らなかった。






2013.08.15
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ