拍手ログ置き場
□2010.08.16
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落ち着かない。
もうずっとあのままだ。
何って、ディーノが。
僕に背を向ける格好で、ずっと窓の外を見ている。
何をするでもなく、何を話すでもなく、ただずっと。
煩くなければ気に触らないだろうと放置していたけれど、何故か落ち着かない。
イライラして、いい加減追い出そうかとシャーペンを握り直したまさにそのタイミング。
「もうすぐ終わっちゃうな」
この人は相変わらず背を向けたままだけど、僕に話しているんだろう。
「何が?」
「夏が」
日中は酷暑と言うべき気温まで上がることもあり、真夏といって言いだろう。けれど、朝晩の空気に混じる涼風や、今、窓の外に広がる夕焼けは、少しずつだけれど夏の終わりを思い起こさせる。
「夏が終わったら、イタリアに戻らなきゃ」
「え……?」
どきり、と心臓が震えた。
手に力が入ったせいで、シャーペンの芯がぽきりと折れた。
聞いてない、けど、いつもの来日日程を思い起こせば妥当な滞在日数だった。
日本に来たり、イタリアに戻ったり、また日本に来たり。
何度も繰り返している事なのに。
「涼しくなるのはいいんだけどさ、夏の終わりって、なーんか物悲しいよな」
何も無かったように、いつものように他愛の無い話を続けるディーノ。
それだけ聞いていると、何の変哲も無いいつもと同じ日常なのだけれど。
入り込む風に吹かれはためくシャツの裾だとか、夕日のせいでオレンジ色にきらきら光る髪だとか、一向に振り向かないせいでよく聞こえない声だとか。
いつもと少しだけ違う事があるだけなのに。
「暑いし湿度高いし日焼するしエアコンで体調崩すし、いい事少ないかもだけどさ」
狭い応接室で。
ここから窓までなんて、全然たいした距離じゃなくて。
実際、歩けばものの数歩で辿り着くのに。
「終わんなきゃいいのに」
「何で」
「何でって、そりゃ」
風に吹かれて散々な有様になった髪を片手でくしゃくしゃにしながらようやくディーノは振り向いた。
僕の顔を見たディーノは驚いたような顔をして、ゆっくりこちらに歩いて来た。
「お前のそんな顔、見たくないから」
ディーノは、大きな手で包んだ僕の頭を自分の胸に押し当てる。
鳶色の瞳に映る僕は、どんな顔をしていたんだろう。
「僕も、夏は嫌いじゃないよ」
そう呟いただけなのに、ディーノは僕の頭を強く胸に押し付けた。
いつもと同じ筈なのにどうして違うと思うのか、窓までの距離をどうして動けなかったのか、今の呟きがどうして出て来たのか。
分からない事だらけで落ち着かない。
だからディーノのシャツの裾をぎゅっと握り締めてみた。
もうすぐ、夏が終わる―――。
(2010.08.16)