拍手ログ置き場
□2010.04.07
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「猫」
隣を歩いていた恭弥が突然呟いた。
「は?」
「猫。あそこ」
恭弥の視線を追って行くと、少し離れた塀の上でこちらをじっと見つめている黒猫を見付けた。
身体の小ささからすると、きっとまだ仔猫だろう。
艶やかな毛並と鈴の付いた赤い首輪は、この猫が飼い猫だと知らせてくる。
だが猫は気まぐれな生き物だ。飼い猫だろうと外猫だろうと自分が王様、したい事しかしない、という習性は変わらない。
今も、陽を浴びてきらめくトパーズの瞳でじっと恭弥を見つめたまま動かない。
その恭弥はと言えば、こちらも身体の大きな黒猫のように視線を逸らさず微動だにしない。
一人と一匹(と言うか感覚的には二匹)の動向が気になり、何となく声も掛けらないでいる俺は、ヘタに動くことも出来ず道の真ん中で佇んでいた。
ふいに塀の上の黒猫が視線を外し、そのまま身体を翻して駆けて行く。
逃げた、と言うより単に飽きたから移動したようだった。
「行っちゃったな。俺らも行こうか」
何故か詰めていた息を吐き出し、恭弥を促す。
「ちっさくて可愛い猫だったな。毛並みも真っ黒で綺麗で。お前に似てた」
笑われるか呆れられるかと思ったが、そのどちらの反応も恭弥からは返らなかった。
「おわっ!?」
むしろ予想外の行動が来た。いきなり胸倉捕まえられて引き寄せられたのだ。
「きょ、恭弥さん?」
「僕じゃない」
「はい?」
「むしろ貴方に似てた」
犬とか狼とか馬とか言われた事はあるけど、猫に似てると言われた事はない。
「目の、色が」
「ああ」
黄金色のインペリアルトパーズ。
俺の目より黄金色が強いけど系統は同じようなもんだろう。
綺麗な目だったから、似てると言われて俺は上機嫌だ。
なのに
「あの目は嫌いだ」
恭弥は眉間に皺を寄せて俺を睨みつけている。
俺、なんかした?似ているのが前提で嫌いと言われると、ちょっとヘコむんですけど。
「逸らした」
「単語だけで会話すんなって言ってるだろ……」
恭弥が言いたい事なら何でも分かってやりたいが、流石にこれは無理だ。
困っていたら妥協してくれたのか、今度はもう少し言葉を紡いでくれた。
「貴方と同じなのに、でも僕から視線を逸らすような目は嫌いだ」
ええと、つまり。
俺に視線を逸らされたような気になったって事か?それが気に入らない、と。
うわ、すげえ可愛い理由じゃねえか。
「この目はお前から逸らしたりしないぜ?」
顔を覗き込むと恭弥は軽く目を瞠り、背を向けて歩き出した。仏頂面だったけど猫の毛並みみたいな綺麗な黒髪から覗く耳は、赤く色づいていて。
「恭弥、さっきの訂正」
「……何?」
「猫。お前に似てるって言ったけど訂正。お前の方がずっと可愛くて綺麗」
「馬鹿じゃないの」
恭弥の左手を握るとぎゅっと握り返してくれた。
素直じゃないけど素直な恭弥が可愛くて可愛くて。
今日はずっと猫可愛がりしてやろうと決めた。