Story
□月想い
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その後も慧音は何度か竹林を訪れていて、その度に私は彼女の元に足を運んだ。
慧音は私の話を聞いてくれたし、私も慧音の話を聞くのは嫌いでは無かった。
そんな日々が続いた何度目かの満月の夜に、慧音は私にひとつの質問をしてきた。
「ひとつ、聞いてもいいですか」
「なに?」
「貴方は、月が嫌いですか?」
その質問に、私はぎくりとした。
慧音の問いは本質を突いてくる事が多いから、本当に肝を冷やされる。
「どうして?」
「何となく、そう思っただけです」
そうは言うものの、論理立てた考え方をする慧音が使う、何となく、が言葉通りの意味だとは思わなかった。
慧音相手に誤魔化す気にもなれず、私は少しずつ話を始めた。
だって、その時点でもう、慧音は私にとって大切な存在になっていたから。
全てを話し終わるまでには随分な時間を掛けてしまったが、慧音は話の間じゅう、促すでもなく遮るでもなく、黙って私が話すままを聞いていてくれた。
慧音が口を開いたのは、私の話が終わって少し経ってからだった。
「私も、月は嫌いでした」
突然の言葉に、私は思わず慧音に向き直る。
慧音はというと、そんな私を横目で見ながら、苦く笑う。
「嫌いというより、当時の私は、月が恐ろしかったのです。後何日で満月になるのか…布団の中で指折り数える日々でした」
慧音は視線を少し上げて、月明かりに目を細めた。
「月の神様は、月読命といって、月を読むということは即ち、暦を読むことでもあるのです」
慧音の視線が、今度は私を捉える。
「可笑しいでしょうか?かつて月を恐れていたはずの私が、今は歴史を教える立場だなんて」
対する返答は、容易く口をついて出る。
「そんな事は、ない、と思う。慧音はちゃんと勉強をして、人の役に立っているんだろう」
しかし、慧音は私の答えに頭を振る。
「本当に役に立っているかどうかは分かりません。ですが私は、知ったのです。幻想郷に生きる妖怪達は、日々をいかに退屈せずに生きるかを考えています」
穏やかに揺れる木々の間に、今も妖精の気配を感じる。
彼らが何を考えながら生きているかなんて、考えた事も無かった。
「同じ生きるなら、そうやって生きた方が、幾らかはましになるのかも知れません」
それだけ言って、慧音は再度、月を見上げた。
私は、しばらく何も言うことが出来なかった。
私にとって、月は忌むべき対象だった。
荒んでいた心は、月を見る度に、憎しみと後悔で溢れ返って。
なのに、今になってはっきりと気付いてしまった。
私は、こんな生き方を望んでいたのではなかったのだと。
私は、家族を愛していた。少なくとも、愛していたかった。
だから、父の名誉を汚し、私の家庭を滅茶苦茶にした輝夜が許せなかった。
きっかけは素直な思いであったはずなのに。どうしてこんなに歪んでしまったのだろう。
「…今からでも、間に合うのかな」
私は、誰にともなく呟く。
何もしないまま、千年以上の時を過ごしてきてしまった。
「それは、私には分かりません」
成功するか否かは、私次第という事だろうか。
あくまで穏やかな慧音の表情からは、真意は読み取れない。
でも、幸か不幸か、私には時間がある。
永遠という、とても永い時間が。
「悪いけど、行動力だけはあるんだ」
「それは…頼もしい事ですね」
思わず零れた笑みには色々な感情が混ざっていたのだけれど、慧音の言葉は、それを包み込んでくれた。
そのままごくごく自然に、私は慧音に緩く抱きかかえられる。
記憶に残る慧音が暖かいのは、きっとこのおかげだと思う。
その日の月明かりはなぜか、慧音みたいに穏やかだった。