企画

□二人は夏の色
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空には雲ひとつなかった。
美鈴は館の時計台に着地し、周囲を見渡す。

正門の向こうに見える湖は日光を反射して、眩く光る。
目を細めるが、美鈴の視力を以てしても湖の妖精の姿はちらほらとしか見えない。
この暑さだ。
妖精たちもくたびれて休憩しているのだろうか。

美鈴は傾斜した屋根に腰掛け両の足を投げ出すと、空に向かって大きく腕を伸ばした。
指の間から差し込む空色と光が気持ちいい。


「美鈴」


振り向くと、そこには紅魔館のメイド服を着た少女の姿があった。


「咲夜…さん」


動揺を気取られないように言い直したが、静かに全身の血の気が引いていくのが分かった。
本来の美鈴は門前で侵入者に備えているはずで、決して屋根の上で日向ぼっこをしていて良いはずがない。
言い訳を考えているうちにも、咲夜は美鈴の傍らまでやって来る。
万事休すか。


「良い天気ね」


しかし、咲夜は咎めるどころか微笑みながら美鈴の隣に座り込んだ。
美鈴と同じように身体を伸ばし、太陽の眩しさに目を細める。


「あんまり太陽を見つめすぎると、目に悪いらしいですよ」

咲夜は美鈴を振り返る。
身に纏う青よりも、もっと透き通ったそれが美鈴を見つめ、笑った。


「日光が苦手なのは、ヴァンパイアだけじゃないのね」
「それにあんまり日に当たると…えと、熱傷になっちゃいますよ」
「日焼け?そうねぇ、あんまり焼けると後で大変だものね。…美鈴、あなたそんなに私と一緒にいるのが嫌なの?」
「どうしてそうなるんですか」
「だってまるで、私をここから遠ざけようとしているみたいに聞こえるわ」


ムッとする咲夜に、美鈴は慌てる。


「そんなつもりじゃ…ただその、咲夜さんせっかく色白なのに勿体ないなと思って」


二人は、むき出しになっている咲夜の二の腕に目をやった。
白いそれはなめらかで、華奢だ。
とても紅魔館の雑務を請け負っているとは思えない。


「じゃあ、日陰に入れば大丈夫ね」
「え?ちょっ…」


美鈴の腕を捉え、咲夜は時計台の日陰へ身を滑らせる。
これで平気よね、と微笑む咲夜に、美鈴は反論の術を持たなかった。
広くはない日陰の中で、二人は少なからず接触する。
それを意識せずにいようと思えば思うほど逆の作用が働いてしまうので、美鈴は仕方なく別のことに意識を向ける。
目に入ったのは、緩やかに絡まった咲夜の腕。
よく見れば少しだけ赤くなっている。
一体いつからここに居たのだろうか。

思考は、咲夜が漏らしたため息に遮られた。


「咲夜さん、お疲れですか?」
「少しね」
「あまり無理しないで下さいよ」
「あら。遠慮はしてないわよ」


咲夜はぽつりと呟くと、頬を美鈴の肩口にそっと載せる。
そして、少しだけ楽しそうに笑った。


「だから、たまには貴女の真似をしてみようと思うの。そうね、あと十分もしたら起こしてちょうだい」
「えと…、分かりました」


突然の事に目を白黒させているうちに、咲夜はそっと瞼を閉じようとする。
おそらくシエスタだろう。
邪魔してはいけない。


「ああ、美鈴」


閉じかけた瞳が、今度は真っ直ぐ美鈴に向いている。
気づけば、咲夜の顔がすぐ近くにある。
咲夜は少しだけ顔をずらして、美鈴の耳元で囁く。

「貴女の頬も、日焼けしてるわ。…おやすみなさい」


にこりと微笑み、咲夜は今度こそ瞼を伏せた。


「…日焼け?」


意味が分からず、美鈴は視線だけを咲夜に移す。
そこで目に飛び込んできたものに気付き、美鈴は空いた方の手で慌てて頬を押さえた。

咲夜の少しだけ陽に灼けた肌は、熱を持って、紅い。

美鈴は今度こそ、自分の頬が真っ赤になっていることを自覚した。
ついでに高く鳴る心音にも気付いたが、今更どうしようもない。
美鈴は一度だけ咲夜に恨めしそうな視線を投げ、ぼそりと呟いた。


「妖怪が日焼けするわけ、ないじゃないですか」








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