企画

□夜空の花
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博麗神社では、祭が催されていた。

普段はもの静かだと聞いていたが、この日ばかりは里の住民も神社へ足を運んでいるようで、巫女も張り切っていた。
普段つるまない私達とは簡単な挨拶だけして終わってしまい、それだけでは悪いと思ったのか、屋台商品の引換券を二人分くれた。


「博麗の巫女も、気が利くようになったんじゃないか?」
「ん…さてね。単にお祭で浮かれているだけかもよ」


私の返答にくすくす笑うのは、上白沢慧音。
手には引換券が握られている。
今日の祭の件も、彼女から誘われての事だった。


「じゃあ、私はこれを替えて来よう。何がいい?」
「何でもいいよ」


そう応えると、慧音はそうか、と言って繋いでいた手を離した。


「ここから動かないでくれよ」
「はいはい。急がないで大丈夫だからね」
「ふふ、分かった」


鳥居の入口で別れ、私はそこで慧音の帰りを待つことにした。
急がなくていいと言ったのに、慧音は浴衣のまま小走りに駆けて行く。
あんな走り方をしたら裾がはだけてしまうのに…普段、人の事を女の子扱いしておいて、酷いと思う。
でも、きっと私を待たせない為なんだと思うと、何だか微笑ましい。
ぼうっと石段の下に視線を走らせると、夜が更けてきたせいか、妖怪の姿もちらほら見受けられる。
吸血鬼とメイド、庭師と亡霊の姿なんかも確認出来たが、それぞれ思い々々の服装と調子で楽しんでいるようだった。


「ただいま」
「ひにゃっ!!?」


頬に冷気を感じ振り返ると、ラムネを持った慧音が立っていた。


「け、慧音…」
「ごめんごめん。そんなに驚くとは思わなくてだな」


慧音の浴衣の紺青の中では、白い大華が笑う。
差し出された綿あめを、私は受け取った。


「ありがとう…って、何で綿あめなの?」
「好きそうだと思って。嫌いか?」
「いや、嫌いじゃないけど…そのラムネは?」
「これは私が飲む」
「ああ、そう…」


綿あめを頬張ると、甘味がふわりと口の中に広がった。


「美味しい?」
「うん」
「ひと口おくれ」
「仕方ないね」


綿を割ってあげると、慧音は満足げに口にする。


「美味しいでしょ」
「そうだな。じゃあ、私からもお裾分けだ」


差し出されたラムネは既に口が開いていて、炭酸の弾ける音が耳に涼しい。

「ん、ごちそうさま」
「どういたしまして」


そして、慧音は自らの手に戻ったラムネを飲み始める。
ビンの中を流れるラムネは、ビー玉にせき止められる事がない。


「上手だね、飲み方」
「うん?ああ、昔ちょっと研究してね」
「研究?」
「どうやったらラムネを上手に飲めるかと」
「結構どうでもいい研究をしてたのね」
「満足したからいいんだよ。それはそうと、早く食べないと、湿気るぞ」


慧音の指差した先の綿あめは湿気を吸って、若干茶色くなりかけていた。
慌てて取り掛かる私を、慧音は微笑みながら見守る。


「なあ、妹紅、…」
「え?」


小さな言葉は、突然の閃光と音にかき消された。
花火だ。
視線を向けると、丁度石段の向こうに大輪の花が咲くところだった。
背にした神社からは囃す声や、感嘆した声が漏れ聞こえる。


「そういえば、今年は河童との合作で随分豪華になっているらしい」


私は視線を、花火を見つめる慧音へ移す。
花火は慧音の瞳に浮かび、姿を消していく。
ゆらゆらと揺れる鳥居の影でさえ、残光に照らされては消え。
その様子はとても儚いもので。
胸が付けられるような痛みを感じながら、私はそれらから目を離す事が出来なかった。


「さて、と」


いつまでそうしていただろうか。
私は、慧音の声で我に返った。


「私はちょっと……妹紅?」


気付けば私は、急いで慧音の浴衣の袖を掴んでいた。


「行かないでよ、慧音」


花火が終わった夜道は暗く、提灯の灯りだけが煌めく。

別に、暗いのが怖い訳じゃない。
不老不死の身体を手に入れて、妖術を身に付けて。
私には怖いものなんてなくなったはずだったのに。
慧音に説明する術も持たないけれど、今は一人になるのがどうしても恐ろしかった。


「…。袖を掴まれちゃ、動けないね」


私は俯いていたけれど、苦笑した慧音が隣に腰掛けるのが音で分かった。
慧音に頭を撫でられ、安心する。
普段なら、振り払ってしまうはずなのに。


「妹紅。来年も一緒に来ようか」
「来年…」
「来年も浴衣を着て…そうだ、今度はラムネの飲み方も教えてあげよう」


見上げた慧音の瞳はとても穏やかで、私は少しだけ、泣きそうになった。


「…じゃあ、私も上手な綿あめの食べ方を研究しておかなきゃね」


慧音の瞳の中で、消えない私の姿が小さく笑った。








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