恋色台詞選択★51

□37.「この物好きめ」
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「パチュリー様、お紅茶をお持ちいたしました」


安楽椅子に腰掛けたまま、パチュリー・ノーレッジは音もなく現れた十六夜咲夜を認めた。
本に栞を挟み、それを他の本と一緒に綺麗に積み上げると、本はふわりと宙に浮き、近くの閲覧机へと移動した。


「あらすごい。一体どんな手品なんでしょう?」
「残念。魔法だから、種も仕掛けもあるわ」


作業机の空いたスペースには、咲夜の手によって湯気の立つティーカップが置かれる。
それをひとくち口にすると、芳しい香が鼻腔をくすぐった。
渋すぎず、薄くもなく、悪くない。


「そういえば、貴女がここに来てからどれくらいになるのかしら?」
「私ですか?ううん…覚えていませんね」


唸りながら考え込んだ後、咲夜は掴みどころの無い笑みをこぼした。
不思議な人間ね、と言いかけた言葉を、パチュリーは紅茶と一緒に飲みこんだ。

本当に、不思議な人間。

いままでずっと一緒に居た気もすれば、ついこの間真新しいメイド服に身を包み挨拶にやってきた気もする。


「難しいお顔をされていますね」


ハッと気づき顔を上げると、咲夜の顔がすぐ近くにあった。


「お加減が優れませんか?」
「…少し、疲れたわ」
「気付けにブランデーでもお持ちしましょうか?」
「いらないわ。少し休めば大丈夫よ」


そうですか、と咲夜は二杯目の紅茶を用意する。
その様子を眺めながら、パチュリーは小さく呟いた。


「貴女も、飲める紅茶を淹れられるようになったのね」


その言葉に、一瞬咲夜の身体が硬直する。
が、すぐ何事も無かった様子でパチュリーに二杯目の紅茶を勧めた。


「何のお話でしょうか?」
「貴女が初めにここに来た時の事よ。忘れたの?」
「…いいえ。あの時は大変お騒がせをいたしました」
「でも、あの時に比べればここも随分落ち着いたわ」


今でさえ盗賊まがいの魔法使いがやって来て図書館を荒らしたり、妹様が館内を歩きまわったりして騒々しいが、少なくともあの時に比べれば幾分もましだった。

あの、時が死んでしまったような日々に比べれば。


「貴女も最初は苦労したでしょう?」
「紅茶の淹れ方からでしたもの」
「あの時はね、私もレミィも、貴女を扱いかねていたの」


目を見開く咲夜に、パチュリーは片目を軽く瞑った。


「これでも妖怪なのよ、私たち。紅魔館に人間は居なかったし…食料以外は」
「そうでしたか」
「言葉が通じたのが唯一の救いね。妖怪と人間じゃ考え方も違うって理解ったし。貴女は割とこっち寄りみたいだけれど」
「ひどいですわ。それじゃあ私が化け物か何かみたいじゃないですか」
「ああ、ごめん。この辺りに住んでいる人間はみんな化け物みたいなものだと思っていたわ」


楽しそうな声で、パチュリーは言った。
続く言葉は、少しだけ真剣に。


「でも実際、感謝しているのよ、貴女には」
「私は、お嬢様の従者になった事を悔やんだ事はありませんわ」


咲夜もそれに、微笑んで返した。


「さぁ、あまりお喋りしているとまた発作が始まってしまいますわ。たまにはごゆっくりお休みください」


パチュリーの背にカーディガンを掛けると、咲夜は天井を見上げる。
少しすると、階上からきゃあきゃあと声が聞こえた。
どうやら、この館の主人が目覚めたらしい。
自らの従者を呼んでいるのだろう。どこー、という声も時折混ざる。


「レミィが起きたみたいね」
「はい。それでは失礼いたします」


少しだけ忙しく、咲夜は図書館を後にした。


「全く、物好きね」


思わず、小さな呟きがもれた。
それは、人間のメイドを雇った親友に対してか、そんな主人に仕え続ける従者に対してか。

まだ暖かい紅茶を口にしながら、パチュリーは本の続きを読み始めた。

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