恋色台詞選択★51

□12.「好きなんだよ?こんなにも」
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ひどい別れ方をしたんだ。


遠く、彼女の姿を見付けて、私は右手を上げる。

彼女は、記憶に残るそれと同じ仕草で微笑んだ。



******



「元気そうだな」
「うん。慧音は…ちょっと痩せた?」
「ま、色々とあるんだよ」


慧音は、曖昧に笑って緑茶に口を付けた。


「熱っ、」
「ああもう。温かいの頼んだんだから当たり前じゃない」


慧音は気まずそうに、ハンカチで口の周囲を押さえる。


「相変わらずそそっかしいのね」
「う…うるさいな」


上目遣いに私を見る慧音に、心音が高鳴る。
普段はしっかり者なのに、少し抜けているところが可笑しくて、すごく可愛い。

先日、人間の里で出くわした時、これは夢じゃないかと思った。
だって、慧音はあの時のままで…それはきっと、慧音から見た私も同じだった。
戸惑う彼女に会う約束を必死に取り付けて、今に至る。


「彼氏、できたの?」
「ん?…ああ」


慧音の薬指に光る指輪を、私は見逃さない。
私が最後の最後まで我慢し続けた贈り物。
いとも簡単に贈り付けてしまえる男の存在に、私は嫉妬する。

「どんな人?」
「彼も寺子屋の教師でね。優しいし、理解もある」
「私より?」


その質問に、慧音は一瞬だけ、動きを止める。


「もちろん」


慧音は至って平静に応えた。
その反応は面白くなかったけれど、一番面白くないのは慧音が頑なに私を拒んでいる事だった。
彼女の中に、私の存在はもう無いのだろうか。
私が彼女と過ごした時間で思い返すといえば、温かい記憶ばかりなのに。
一緒に泣いて、そして笑った思い出は、もう消えてしまったのだろうか。


「じゃあ、もう帰るから」


気付けば、もう日暮れ。
通りでは炎の光がゆらゆらと煌めく。


「また会える?」
「…妹紅。でも、」
「会えるよね」


慧音の否定を、私は強い口調で拒絶する。
口調に驚いたのか肩を震わせる慧音の進路を、塞ぐ。


「悪いけど、慧音が今の相手と上手くいっているって思えない」
「そんな事は…」


慧音の瞳が揺らぐのを、私は見逃さない。
なぜか、今の慧音の彼氏よりも、私の方が慧音の事を理解しているという自信があった。

「絶対、私の方が慧音のことを愛してる」


そのまま私は、慧音を抱きしめる。
慧音が身体を強ばらせてみても、私に身を任せている事は分かった。


「好きなのよ?こんなにも」
「……るい、」
「え…」
「ずるいよ、妹紅…」


私の腕の中で慧音は、眉根を寄せる。


「ずるい。あんな…あんな別れ方をしておいて、今更そんな事を言うのか?」


慧音の震える言葉が、私を貫く。

ひどい別れ方をしたんだ。

全ての原因は、私にあった。
慧音と結ばれた後、なぜか急に彼女の存在がどうでもよくなった。
だんだん会うことも、連絡を取る回数も減って、最終的にお互いを傷つけて、別れた。

一生大切にするって、言ったのに。
言った私が、彼女との絆を断ち切った。


「っ、今日、だって…」


慧音の呼吸は、荒い。


「妹紅に流されないように、必死で…、なのに…っ」


慧音の瞳から涙が零れる前に、私は彼女の口唇を塞いだ。
慧音の口唇は、熱い。
一度離すと不安そうな表情をするから、今度は深く口づける。


「ごめん、慧音」


謝りながら久々に触れたそれは、柔らかくて心地良くて、少しだけ苦かった。


そして、私は…



******



「と、いう夢をみまして」


そして私は、目覚めた。

慧音はというと、胸の間に私を抱えながら、若干鬱陶しいような、困ったような表情で私の話を聞いていた。


「まあ、どうして妹紅が私から離れてくれないのかは分かったよ」


慧音は、眉を下げて私の頭を撫でる。
甘やかしモードになってくれた事に、私は内心胸を撫で下ろす。
我ながらなぜあんな夢をみたのか分からないが、とにかく不安になって、隣で寝ていた慧音に縋った。
眠っていた慧音には悪いけれど、内容が内容なだけに寝起きの頭で処理するにはキツいものがあった。


「夢で本当に良かった…」


ぎゅうぎゅうとしがみつくと、頭の上で慧音が笑うのが分かった。


「何で笑うのよ」
「いや、やっぱり妹紅は可愛いなと思って」
「…もぅ、そういう問題じゃないでしょ」


ああ、でも。
慧音に抱きしめられているのが気持ち良くて、実際もういいや、とも思うのも事実。
うん。
大きいことは、良いことだ。


「だって妹紅の中で、私たちは一緒にいる結末しかないってことだろう?」


びっくりして見上げる私に、慧音は少しだけ照れくさそうに笑うのだった。

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