Story

□遅日一刻
1ページ/6ページ

目を覚ますと、頭痛がした。

カーテンの隙間から覗く朝の光が欝陶しく、指先だけを伸ばして強引にそれを閉める。

しばらくすると動悸が酷くなり、耐え切れずに瞳を閉じた。

脳裏に残るのは、楽しそうに寄り添う二人の少女の姿。

私は、馬鹿だ。
何を期待していたのだろう。
何を求めていたのだろう。
確かなことなんて、なに一つ無かったのに。

昨日の感情がまた込み上げて来て、アリスの頬に一筋だけ、涙が伝った。





それは、昨日のこと。


「ちょっと、引っ張らないで!」


妙な天気だった。
言うならば、晴れのち曇り。
そのせいか体調も優れなくて、アリスはゆっくり空を飛んでいた。

今日の博麗神社での宴会も、魔理沙から引っ張り出されなければ断っていたかも知れない。


「そんな事を言っても、ちんたら飛んでいたら、遅れてしまうぜ」


前を飛びながらアリスの腕を引きずる魔理沙は、困ったように眉を潜めた。


「先に行っていていいわよ。私は後でゆっくり行くから」


軽い頭痛を覚えて促すと、魔理沙はううむ、と考え込み、アリスの腕を更に引いた。


「きゃ!ちょっと、魔理沙っ」
「なら、私の後ろに乗ると良いぜ。酔うようなら、目をつむっていればいい」


箒に腰掛けさせたアリスに、魔理沙はにっと笑った。
アリスが目を白黒させていると、魔理沙はほら、と、自分の腰に腕を回させるように言う。


「出発するぜ」
「ちょっと、」


待って、と言う間も無く、アリスが腕を掛けるか掛けないかのタイミングで、魔理沙の箒は速度を上げた。
何とか掴まったアリスはその強引さにため息をつくが、内心少しだけ嬉しくもあった。

目の前には、たゆたう蒲公英色の波。頬を寄せたそこから、仄かに石鹸の匂いがする。
だから、アリスが瞳を閉じたのは、高速で過ぎ去る風景に気分を悪くしたからではなかった。

この時が続いていれば、それでアリスは幸せだった。


「ああ、やっと来たわね」
「来たぜ」
「私まで来て良かったの?」
「今更一人二人増えようが変わらないわ。好きなところに座ってちょうだい」


二人を出迎えたのは、博麗神社の巫女、霊夢。
過去に色々あって互いに気安い仲であるから、扱いも適当。変わらぬ温度であると、アリスは思っていた。

だからその変化に気付いた時、アリスは自分の持っていたコップを取り落としそうになった。


――え?

魔理沙が、霊夢の前で頬を赤らめていた。

初めは、お酒のせいかと思った。魔理沙は酒豪のくせに、顔に出やすいから。
けれど、今の魔理沙は嬉しそうに笑って…霊夢に前髪を触られ、頬を上気させている。

アリスがつい先日、魔理沙のためにそろえた前髪を。


「あ……」


その時、アリスは気づいてしまった。

初めにカットを頼まれた時、霊夢に頼んだらどうかといったアリスの提案を、魔理沙は曖昧な言葉で拒否した。

魔理沙は、切った前髪を霊夢に見て貰いたかったのだ。
霊夢のために可愛くなって、驚かせたかった。

――それなら、そもそも霊夢に散髪を頼めないはずである。

心臓を、鷲掴みにされたような感覚に襲われ、アリスは思わず目を逸らす。
しかし、聞きたくないのに、耳は途切れ途切れに彼女たちの会話を捉えていた。


「霊夢、あのさ…切って貰ったんだ」
「さすが、似合うわよ」
「そうだろう?」
「調子に乗るんじゃない!」


明るい声が響く。
しかし、二人が笑い合うたび、アリスの頭痛は強さを増していた。
他の幻想郷の住人たちはこの宴会を楽しんでいるのに、そんな周囲のざわめきさえ遠くに聞こえて。

もう、その場に居るのは耐えられなかった。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ