Story

□月想い
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私は、月が嫌いだった。

父に恥をかかせた、あの女が生まれ育った場所。
輝夜と関わるものは総て、私の敵だった。

だからその日も、私は月を睨んでいた。

今宵は満月。数々の陰影は、月が完全な球ではない証拠。
先人はそれを兎や女の顔だと想像したらしいけれど、いずれにせよ私を見下している事に変わりはない。
気分が悪くなり視線を周囲の景色に移すが、歩けど歩けど、成長した竹ばかりが目に映る。

私がこの竹林に住み着いてから、どれほどの時間が経っただろうか。
蓬莱の薬を飲んでから、出会う人間達は成長しない私を怖がったし、彼らの安穏とした生活を壊す訳にもいかず、私も自然に人間を避けるようになった。

身を隠す生活を続けるうちに、いつの間にか、私は幻想郷に足を踏み入れていた。

歩き回って分かったことだが、この迷いやすい竹林は、元々人間の為には創られていない。
人間が踏み入らない地は、私にぴったりだと思った。


ふと竹林が少し拓けた場所に差し掛かった時、私はそこに気配を感じた。


「…妖怪?」


その気配は人の形をしていたが、夜中にこの迷いやすい竹林を訪れる人間は、まず居ない。
女性の姿をしたそれは、私に向き直ると、応えた。


「失礼な。私は人間です。半分は獣ですけれど」


銀を基調とした髪に、碧のポイント。そこから二本突き出ているのは、確かに角のようだった。


「そうなの。人間なら尚更、この場所は危ないよ」
「心配には及びません。私は妖怪から身を守る術を心得ていますから」


その獣人は、至極冷静に言ってのけた。


「だとしても、この竹林は通称、迷いの竹林だけど?」
「…ここまでなら、何度か来たことがありますので」


少しだけ影のある言い方で、しかし彼女ははっきりとした口調でそう言った。

その時はまさか、彼女とこんなに長く付き合っていくことになるだなんて思ってもみなかったのだけれど。
とにかく、それが私と彼女の出会いだった。


「あなた、名前は?」


すると、彼女は小さくため息をついて腕を組んだ。


「他人に名を尋ねる前に、まず自分から名乗るべきだと、習いませんでしたか?」
「ない…かな。昔から、私は居て居ないような存在だったから」


私は肩をすくめた。
だって、本当にそんな事は習っていない。
学習だってずっと家でやっていたし、そもそも基本的に家から出たことは無かった。


「ですが、今私が教えましたね。実践してみましょう」


彼女はそう促し、断りようのない私は誘導されるまま、名前を紹介する。


「ふ…藤原妹紅、よ」
「そうですか。うん、よく出来ました。私は上白沢慧音。普段は里の寺子屋で教師をしています」


慧音はそう言って、満足そうな笑みを見せた。
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