短編
□その狂気と名前を
1ページ/2ページ
殺して。
少女から発せられた言葉。
「……何故だ」
「あなたならできるんでしょう?殺してよ」
もう何度目のやりとりだろうか。
光の消えた昏い瞳からつー、と涙を流して壊れた音響機器のように、同じ言葉を繰り返す。
理由を問うても返ってはこない。
創造の神である俺の片割れに願い事をする人間は途方もなく多い。
あれが欲しいとか、これが欲しいとか。
それをあいつが叶えるかどうかは別としても、人間はひたすらに創造の神に祈った。
破壊の神であるこの俺にも、人間は願った。
それは片割れのような希望に満ち溢れたものではなかったが…
あの欲望も深い深い身勝手なものだが、俺に捧げられる祈りはもっともっと黒く深いものだった。
例えば邪魔なヤツを始末したいだとか、あれさえなければこんなことにならなかったのに、とか。
……けれども、この願いは滅多に聞くものではなかった。
なくはないものだが……大抵は覚悟も何もなく、口をついて出ただけの軽々しい祈りが大半だから。
しかし、少女のそれは普通のものとは違っていた。
狂気
きっとクレイジーを名に持つ俺よりも…少女は狂気に満ち溢れていた。
その狂気を真正面から浴びるのはとても…心地良いものだった。
「……お前のその狂気、心地いい」
「……」
「何があってそこまでの狂気を溜め込んだ?」
「………私のことなんてどうでもいいでしょう?私の命も神のあなたからしたら大したものではないんだから………いいから早く殺してよ!!」
悲鳴にも似た叫び。
俺を睨みつける瞳。
最高だ
「……お前、俺のものになれよ」
「………は?」
「お前のその狂気、最高だ。」
「……興味ないわ。早く」
「俺の元にいればいずれ殺してやろう。」
そう言うと少女は黙り、しばらく考え込んだ後顔を上げた。
「……本当に?」
そう、俺を見据える瞳には僅かな光が灯っていた。
「本当だ。…なら、その証拠に…そうだな、名前を交換しようか。」
「名前…?」
「あぁ、名前、だ。」
「……神の名は、知ってはならないと」
「だからこそ、だ。」
ある種の縛り、ある種の契約
神の名を知り、名を神に捧げること、それは強力な…
「名前さえ知っていれば…俺は、いつでもお前を殺せる。」
そう言うと、彼女は意を決したように口を開いた。
「名無しさん」
「名無しさん、か。俺の名は…クレイジー、クレイジーハンド。」
………これが、名無しさんとの出会いだった。