短編

□その狂気と名前を
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殺して。

少女から発せられた言葉。

「……何故だ」
「あなたならできるんでしょう?殺してよ」

もう何度目のやりとりだろうか。
光の消えた昏い瞳からつー、と涙を流して壊れた音響機器のように、同じ言葉を繰り返す。
理由を問うても返ってはこない。

創造の神である俺の片割れに願い事をする人間は途方もなく多い。
あれが欲しいとか、これが欲しいとか。
それをあいつが叶えるかどうかは別としても、人間はひたすらに創造の神に祈った。

破壊の神であるこの俺にも、人間は願った。
それは片割れのような希望に満ち溢れたものではなかったが…
あの欲望も深い深い身勝手なものだが、俺に捧げられる祈りはもっともっと黒く深いものだった。

例えば邪魔なヤツを始末したいだとか、あれさえなければこんなことにならなかったのに、とか。

……けれども、この願いは滅多に聞くものではなかった。

なくはないものだが……大抵は覚悟も何もなく、口をついて出ただけの軽々しい祈りが大半だから。

しかし、少女のそれは普通のものとは違っていた。


狂気


きっとクレイジーを名に持つ俺よりも…少女は狂気に満ち溢れていた。

その狂気を真正面から浴びるのはとても…心地良いものだった。

「……お前のその狂気、心地いい」

「……」

「何があってそこまでの狂気を溜め込んだ?」

「………私のことなんてどうでもいいでしょう?私の命も神のあなたからしたら大したものではないんだから………いいから早く殺してよ!!」

悲鳴にも似た叫び。

俺を睨みつける瞳。

最高だ

「……お前、俺のものになれよ」

「………は?」

「お前のその狂気、最高だ。」

「……興味ないわ。早く」

「俺の元にいればいずれ殺してやろう。」


そう言うと少女は黙り、しばらく考え込んだ後顔を上げた。

「……本当に?」

そう、俺を見据える瞳には僅かな光が灯っていた。

「本当だ。…なら、その証拠に…そうだな、名前を交換しようか。」

「名前…?」

「あぁ、名前、だ。」

「……神の名は、知ってはならないと」

「だからこそ、だ。」

ある種の縛り、ある種の契約
神の名を知り、名を神に捧げること、それは強力な…

「名前さえ知っていれば…俺は、いつでもお前を殺せる。」

そう言うと、彼女は意を決したように口を開いた。

「名無しさん」

「名無しさん、か。俺の名は…クレイジー、クレイジーハンド。」

………これが、名無しさんとの出会いだった。
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