極彩色の旋律

□牢獄の世界
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四方を石壁で囲んだ室内を、秋というには少し冷たすぎる風がゆっくりと撫でていく。

窓という窓はなく光という光は遮断され、世界から隔離されているような部屋。

家具の類は一切見当たらず、ただ一つだけ古ぼけた木製の椅子が鎮座している。


まるで凶悪犯の独房のようなそこが、少女の世界だった。




神聖王国フォルティアの郊外。

まず人が立ち寄らないであろう僻地にその施設は建っていた。

一面を頑丈な石壁で覆い、それ程の大きさはないもののまるで城塞のような雰囲気を醸し出すそこはフォルティア直属の研究施設である。


神聖王国フォルティア、騎士国家ラバト、自由都市グイド。

三国の軍勢がせめぎ合う大地オヴィエルで戦争用に作られた兵器開発用研究施設。

その堅牢な施設の最下層に、少女の部屋はあった。



「――ほら、今日の分だ」


鎧に身を包んだ男が、食事をよそったスプーンを心底面倒臭そうに差し出す。

兜の中で眉をしかめながら返事を待つ男の視線の先には、全身を椅子に拘束された少女がいた。

まだ幼い風貌の少女の両目は黒布で覆い隠され、両手足は頑丈な鎖で椅子に縛り付けられている。

埃で薄汚れた茶色の髪は腰まで伸び、ところどころ破けてしまっている白いローブが幽かな衣擦れの音をたてていた。

あまりに異常なその環境の中で、今まで口を閉ざしていた少女はようやく唇を開いた。

「……今日はいらぬ。明日にしてくれ、」

静かで奇妙な程に冷静な声が石壁の室内に反響する。

少女の反応を半ば予測していたのかろくに返事もせずにさっさと部屋を出た看守を気にも止めず、少女は自由の効かない身体を小さく揺らした。

しかし当然思い通りに身体が動いてくれる筈もなく、小さく溜息を吐いた少女はそのまま椅子に背中を預ける。

自分の吐息しか聞こえない、どこまでも閉鎖的な空間が彼女の世界なのだ。

無音といっても過言ではない程の残酷な空間。

冷たい風を頬に受けながらいつまでこんな生活が続くのかと考え、そしてふと考えるのを止める。

考えるだけ無駄なことはいくら考えても仕方がない。

きっとこのまま誰にも知られずに大人になって誰にも知られずに死んでゆくのだろう。

一面を闇で覆われた視界の裏に哀れなほど痩せ衰えた自分の姿がはっきりと浮かび、思わず笑みを零す。

現実的な未来予想図に想いを馳せる間もなく、次いで少女を襲ったのは静電気のような微弱な痛みだった。

そして脳裏に浮かんだ光景は、彼女がこの空間で嫌というほど見続けてきた`記憶`の続き。



凄まじい音をたてながら盛り上がる大地と、灰を吐き出しながら活発に活動を続ける火山。

噴火の熱波から逃げ惑う夫婦に怒声を上げる年若い青年。


一瞬で脳裏を奔り去っていたその映像に思わず呻き声を漏らした少女は、しかしそれすらもいつものことだと割り切ってさして気にも止めない。


突発的に自分を襲う頭痛、それと同時に脳裏を奔る見たこともない映像。

自分が明らかに異常なのは分かり切っているのに、それ以上この防ぎようがない現象の正体を突き止めようという気にもならないし、第一手段がない。

七年間幽閉され続けた少女には、もう達観した思考と暗く淀んだ絶望しか残されていなかった。

そして浮かんだ微笑は僅か十歳の少女が浮かべるにはあまりにも大人びたものだったが、それを疑問に思う人間などこの施設内には存在しない。

時折聞こえる兵器開発の爆音と部屋を横切る冷たい風。

無駄に蓄えられた知識と一面の闇が少女の全てなのだ。


全てから隔離された石壁の牢獄。


どこまでも残酷なその折の中で七年間、アリア・ディアティはただ世界の終わりを渇望していた。




―――――――――――――――1.9 葎紀


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