あるひ 森のなか。
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「…なあ」
ふ、と彼が微笑んだ。瞬間、ざわりと私の胸の奥のあたり、何かが騒ぎ出す。ざわざわ。
それは何とも言い表しがたい不思議な感情で、何でもないのに泣きたくなった。鼻の奥がつんとする。
「なに?仁王くん」
「マサハル」
「…え?」
「マサハル、じゃ」
「雅治?」
「そ」
彼は満足そうに頷くと、さらりと私の髪を触る。そして眩しそうに目を細めた後、立ち上がって歩き始めた。
何処に行くのだろうか。雅治くんはほんの少しだけこちらを向き、再び足を動かす。きっとついていけばいいのだろう。
「何処に行くの?」
答えは来なかった。森のなかへ入ると少し薄暗くて、歩くと雪の潰れる音に混じって、木の葉の崩れるおとが聞こえてくる。ぐしゃり、と。
木の枝と枝の間から太陽の光が射し込んでいる。それはまだ足跡の無い雪に反射してきらきらと光るのだ。
私は指先でそっとタンポポの花の感触を確かめる。歩く度揺れる私の前を行く彼の尻尾と同じな色。
くすっと笑いがこぼれた。雅治くんは怪訝な表情を浮かべながら私の方を向く。
「何がおかしい?」
「え?ううん、そっくりだと思って」
「何と、何が」
「タンポポと、雅治くんと尻尾」
「……」
「あっ、耳もか…」
雅治くんは ふうん、と一言呟いてちらりとタンポポに目をやると、再び歩き出した。雅治くんが少し口を開く。
「……、」
「なに?」
「…いや」
「気になるよ」
「…お前さん は」
さっきからほんの一歩か二歩しか進んでいない。それなのに彼はもう足を動かさず、私のほうも見ず、ただ独り言のように私に告げた。
風が木と木の間をざわりと駆け抜けて行った。私の心もまたざわりと騒ぎ始めた。そして、私はこのざわめきの意味を理解する。
好きだ。私は雅治くんが好きなのだ。初めて会ったあのときから、一度も彼を忘れられなかったのは、それがあったから。きっと、間違っていない。
「ずっと、俺と居って くれる、か?……雛」
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