あるひ 森のなか。

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……マサ、
………マサハル、
あいつの声が聞こえてきた。



「……なんじゃ」

「なんじゃ、じゃ無いだろうが。なんのつもりだ?」

「……」

「答えろ、マサ」

「うるさい」

「誰に向かって言ってる?」

「………意味なんか、無か」

「……」



全てを飲み込むような漆黒は、こいつに良く似合っていると俺は思う。
初めて会った時から、俺のそれとは正反対のその色に驚きを隠せていなかった。



「本当、無茶すんなよマサ」

「……して無いじゃろ」

「……ふう」



さっきから何の話をしているかというと、髪の色の話だ。
ああ、こいつとしてるのはさっき会った女の話。




「いい加減、俺に心配かけんなよ」

「かけるつもりなんか無いわ」

「……ギンさんに顔向け出来ねーよ」

「……うるせえ!」



ギン、という単語を聞いただけでこう、なんといえばいいのかは分からないけれど俺の中が熱く煮えたぎるような感覚に陥った。
あいつが何だ。そんなにえらいんか。



「……あのなあ、いい加減やめねーか。ギンさんのこと否定すんのは」

「………嫌じゃ。母さんが死んだのは、あいつのせいじゃろ」

「……ふざけるなよ。ギンさんが居なかったらお前はいねえぞ」

「生まれてきたいなんて思ってもいない!」



ぱあん、鋭い痛みと音。
目の前のこいつが、イチが俺を殴ったことは明白だった。
ギン、忌まわしいその名前は俺の父親の名前。
かつて化け狐の英雄だったかなんだかは俺の知ったことじゃないけど、あいつのせいで母さんが死んだことは分かっている。
イチがそいつをかばう理由がいつまでたっても分からない。
そいつが勝手に母さんに恋をして、俺を産んで、そのせいで母さんが死んだってのに。
なんで、なんでそいつをイチがかばう理由があるんだ。
この耳も、尻尾もあいつが居なければ存在しなかったのに。
俺は独りになる必要も無かったのに。



「……頭を冷やせ。二度とあの子と会うな」

「………」



ありがとう、ございます。
初めて言われた感謝の言葉だった。



「断る」

「……ッ、おい、ふざけんなよマサ!」



俺は取り敢えず走って、自分のねぐらへと逃げ込んだ。
離してたまるか。あの笑顔を。






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