あるひ 森のなか。
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恐る恐るそちらに目を向ければ、案の定そこには大きな狼が居た。
灰色の毛が風に揺れて、漆黒の目がぎらりと光る。
ああ、死ぬのかも。
ちらりと心の奥で、そう思った。
狼と目があったまま、そらせないで居る私に 狼はじわりじわりと近づいてくる。
声も出ない。怖くて足も動かない。
ただただ呼吸を繰り返し、飢えたその目を見つめた。
誰でもいいから、助けて。
そう思ったか思っていないかはハッキリしないけれど、確かに、
その瞬間私の目の前に誰かが飛び込んできて、私を抱きかかえて、走った。
誰かは分からなかった。
黄金色の耳と、銀色の髪。
私は風に揺れる木々をうつろに見上げながら、静かに目を閉じた。
*
「おい、いつまで寝とるつもりじゃ」
「……ん、」
「聞いとるんか」
「………う うん」
ばちん、と鋭い音がして、私は目を覚ました。
目の前にはこの間の彼がいて、迷惑そうに私を見ている。
なんでこんな状況に、と思ったのが先か彼が口を開いたのが先か。
「こんな時間にここに来るなんて、お前は能無しか」
「……え」
まさか自分よりも年下(と思われる)の子に能無しなんていわれるとは思っても居なかった。
呆然としていると彼の眉間のしわがさらに深くなった。
「しかも狼の目の前で動きもせんし」
「……あ、の」
「なんじゃ」
「ありがとう、ございます」
私がお礼を言うと、彼は私のことを変なものでも見るような目で見た。
やっと思い出したのだけれど、あの状況からすると私が彼に助けられたのだという事は明白だし、命も危なかったのだから。
「は?」
「だ、って…あのままだったら私、死んでたでしょ?」
「……まあの」
「だから、助けてくれてありがと」
「……お前、名前は」
彼は依然として不機嫌そうな顔つきのまま、私にそう言った。
あ、そういえばこんな時間に、って今何時なんだろうか。
ふとそんな事を思ったけれど、彼の目を見てはっとした。
「あ、ええと、日向雛」
「そか」
「……え?」
「なんでも無か。さっさと帰れ」
「あ、う ん」
まだもやもやと頭の中に疑問が残ったまま、彼の視線が少し怖くて背を向けた。
そして気づく。
「ね え、私道に迷ってて」
「……はあ」
彼は大きくため息をついた。
私よりも小さいのにこの態度って、生意気な子だなあ。
不意に彼のひととは違う所に目が行って、私は目を逸らしてしまった。
「俺が、怖いんなら一人でいきんしゃい」
彼のその目は、人を拒絶した目だった。
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