二羽の鳥が羽ばたいて

□5.鎖された記憶
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変な夢を見たそのときだった。

まるで李徴が見えない誰かに呼ばれたときのように、あたしも誰かに呼ばれたのだ。

その先にいた彼は、待っていたというように笑う。

そして、言うのだ。

「昔話をしよう」

ああ、きっと今が向き合うための準備期間の終わりなんだ。

夢から冷め切れない頭が、そう信号を発した。

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「母上っ母上!」

トタトタと廊下を駆け回る幼い少女は、ある部屋の前で止まり、ガラッと勢いよく開けた。
「母上っお店に絵本あった!母上の絵本!『美瑛 早苗』って、母上の名前ある!」
息を切らせた少女は、2冊の絵本を手にしていた。
母上、と呼ばれた早苗という名の女性は、まだ3歳のお転婆娘の頭を撫でる。

「あまり走り回ってはいけませんよ。あなたはよく、着物の裾を踏んで転んでしまうのですから」
「だって!早く母上の絵本を買って帰りたかったんだもん!」
「こら、舞衣」
ガラリと、舞衣の背後から誰かが入ってくる。
任務帰りだろう、木ノ葉指定のベストを着た彼は、舞衣を軽々と持ち上げ、笑った。

「あまり母上を困らせてはいけないよ、舞衣」
「父上お帰りなさい!あのね、母上の絵本!」
サッと、ごまかしているのか、それとも事情を簡潔に話しているのか、絵本を取り出した娘に、両親共々苦笑した。

「舞衣には、かないませんね」
「全くだ。このお転婆娘は我が家の華だよ。好きな男でも出来たら落ち着きそうだがね。早苗みたいに」
「落ち着くのはきっと思春期ぐらいじゃないかしら?
いつか彼氏を連れてきたり、『父上嫌い』とか言い出したりして」
「私、言わないもん!」
「はいはい」
「いつか言うんだろうなぁ…とりあえず舞衣は、馬の骨だろうがサラブレッドだろうが嫁には出さん!」

幸せな家庭とは、まさにこの家のことだろう。
何もかもが満たされていて、少女は幸せな日々を過ごしていたのだ。

「あ、そうだ。舞衣、お使いに行ってくれる?
この絵本をね、宗家に届けてほしいの」
早苗は、にこやかに2冊ある絵本のうちの1冊を舞衣に手渡した。
「宗家…?」
はじめて聞く単語に、舞衣は大きな瞳を瞬かせた。
「そうだ。美瑛の集落で、一番大きな家だよ」
「舞衣1人で行かなきゃだめ?」
「ええ。舞衣が早く大人になれるように、まずは1人でお使いをできるようにしなくちゃ」

二人は、不安げな目をする娘に笑いかけた。

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「わぁあ、本当に大きいー!」

舞衣はほう、と溜め息をついた。
絵本にある真っ白なお城ではないけれど、ここもお城みたい。
なら王子様とか、お姫様とか、綺麗なドレス…じゃなくて着物を着て暮らしていそう。
ちょっとだけ舞衣はドキドキしながら、その扉に手をかけた。

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びっくりした。

3人くらいの女の人たちが出迎えて、通されたのがこの広い客間。
下座に座り、彼女はようやくこれがただのお使いではないのだと知った。

(どきどき、する)
緊迫感ある空気に、押しつぶされそうな気がする。
早く、早く帰って大好きな父と母の美味しい夕食を食べて、川の字になって寝たい。
その一心で、彼女はやってくるその瞬間を待ち続ける。

ついに、ガラリと扉が開き、舞衣は眼を見開いた。
現れたのは、自分より少しだけ背が高い銀髪の少年だった。

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従妹がこの家にやってくると聞かされたのは、朝のことだった。

美瑛 舞衣。

自分と同じ苗字の自分より2つも年下の女の子。
その子は、小さなメモ帳のような絵本を持って、固まったように座っていた。

「あの…あなたは…?」
弱々しい声、つぶらな瞳に張った水の膜。
儚い子だと、僕はそのとき思った。
「あ、えっと…私、舞衣。あなた、は?」
…もしかして先に名乗らないと、僕も名乗らないと思ったのだろうか?
彼女は、しどろもどろとすることもなく、自分の名前を告げた。
「好きなものは母上の作ったおそばです。
嫌いなものはかぼちゃで…あっ食わず嫌いじゃないですよ?前に母上がかぼちゃのプリンを作ってくれたときにお腹壊しちゃって…。
あと誕生日は…」

プッと、思わず笑ってしまった。
ああ、この子、可愛い。

「…僕は、美瑛 レン。
好きなものは、男なのに恥ずかしいけど…イチゴのケーキ。
唐辛子とか、わさびが苦手なんだ。よろしくね」
「!…舞衣のお母さん、すごくお菓子作るの得意なの!
ねぇねぇ、今度舞衣のお家遊びに来て!母上に作ってもらってる間、一緒にこの絵本読みたいな」


その子は、笑顔だった。
すぐに打ち解けてしまうのは、その子が純粋で、人を拒まない性質だったからだろうか。

「…うんっありがとう!」

…その子と出会った瞬間から、僕は彼女を守りたいと思ったんだ。
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