二羽の鳥が羽ばたいて

□9.迷宮直走
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…もやもやする。

原因は分かってる。

でも、心が追いつかない。

自分の気持ち、それすらも分からない。

混乱、していた。

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「さぁ、この真っ赤に売れた赤いりんご、お前さんに一つあげようね」

…あれから、どのくらいの月日が過ぎただろう?
劇本番まで後7日を切った。
それは、あの日から7日を過ぎたと言うことも意味している。

…あの日、あたしはネジに対しての返事を保留した。
あの夜のときのことで、ネジが嫌いになったとか、そういうわけではない。
好きだから、分からないのだ。

…そりゃあ、あたしだって見境無く男に引っ付いてみたり、泊り込みに行ったりなんて、そんな遊女の様な事はしない。
もしもネジ以外の誰かが棒読み演技だったとしても、あたしは泊まってまでの指導をしようとは考えなかっただろう。

この時点で、明らかにあたしが日向ネジと言う男に好意を抱いていると言うことは、明確な事実となる。
しかし、それでもわからな…。

「…はい、ストップ!」

耳元で響いた手を叩く音に、あたしはびくりと跳ね上がった。
目の前には、呆れた表情をしたサクラの姿。
「舞衣さん、最近どうしたんですか?ずっとぼーっとして…」

…しまった、本日何回目の中断だろう。
あたしは、何度目か分からない謝罪をする。
「…ごめんなさい。ちょっと、考え事があって…もう、大丈夫」
「…そう、ですか」

「じゃあ、続きから!」
サクラが、もう一度手を叩く。
あたしは、今度はちゃんと演技に入った。

****

「ぜんぜん駄目だった…」

帰りの道の森の中で、あたしは小さく呟いた。
あの日から、ずっと考え事ばかりを続けてしまっている。

ほかのことに、何も集中することが出来ない。
なんとなく、ポーチの中を漁る。
取り出した分厚い冊子を、捲る。

…昨日はシャンプーとリンスを三回も間違えている。
一昨日は塩と砂糖を間違えた。
さらに前は洗剤の量を間違えた。
そのまたさらに前は…ああ、どうやら目覚ましの設定時間を一時間も間違えてしまっているようだ。
あたしは、分厚い冊子…いや、「古びた日記帳」を閉じた。

幼いときから綴られてきた短い日記…その内容が、長くなってきたのはいつからだろう?
此処最近の内容は、自問自答的内容ばかりだ。
「はぁ・・・」
ポーチの中に、それを仕舞い込んで、ため息を吐く。

…これ以上、物思いに耽っていると、夕食を作る時間が無くなってしまう。
そう思い、あたしは今度はきびきびと、日向の家に向かって歩きだす。

…あんな出来事があったというのに、未だに日向家に居座っていられるあたしは結構図太い性格をしていると思う。
気まずくは無いと言えば嘘になる。
でも、距離を置いてどうにかなると言う保障は何処にも無い。

それに…まだ、ネジの演技特訓は終わっていない。
最初にした約束を、こんなことで覆すのは、可笑しいとは思わないか。
…そう、あたしは建前上、「よく出来た言い訳」を作って、納得する。

「…あ」
ふと、声が漏れた。

どうして、気づいていなかったんだろう?
あれほど「考えるのは止めよう」と、自分自身に言い聞かせていたのに。
再び物思いに耽っていたせいか、あたしの足は全く前へと動いていなかった。
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