二羽の鳥が羽ばたいて
□8.胸の痛みの意味
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逃げ惑うことしかできなかった。
何度許しを乞うても、あの人は許してくれなかった。
彼はそんなあたしを救おうとしてくれている。
…あたしは、ネジに何ができるのだろう?
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…嫌な夢を見た。
起き上がってから、あたしは小さくため息を吐く。
あれほど嫌な夢はないような気がする。
(レン兄さんが、ネジにすり替わっていたらなんて…考えるだけでぞっとするわ)
しかし現象法を習得していないレン兄さんだ、伝心法さえ看破すれば、勝つことは容易だろう。
ネジが、レン兄さんに負けるはずないのだ。
着替えなどのもろもろの支度を終えて、台所に向かう。
珍しくネジはあたしよりも先に起きていた。
「おはよ〜」
「!…あ、ああ。おはよう」
びくりと、ネジはあたしを見て、顔を強張らせた。
そしてそのまま、ふいっと、目線をあたしから逸らす。
「・・・?」
…嫌な、予感がした。
このまま踏み込んでもいいことはない、そんなことはよく分かっている。
「どうしたの?何かあった?」
それなのに、踏み込んでしまうのは、あたしの行動抑制能力が未熟だからか。
…彼は、静かに、逆にあたしに質問をした。
「…いや、お前こそ…昨日のこと…大丈夫か?」
「・・・え?」
「いや、悪いのはオレだし大丈夫も何もないんだが…」
「何、言ってるの?」
「?…だから、昨日のこと…腕の痣に…それにオレなんかと話していていいのかと」
――…嗚呼。
どうやら、あたしはまだ夢の中にいるらしい。
「…」
ゆっくりと、あえて見ないことにしていた腕を見る。
そこには、くっきりと、ネジに握りしめられて色づいた赤が、浮かび上がっていた。
「…ゆめじゃ、なかったんだ」
「…済まない」
「…謝らなくていいわ。こういうこと、されてるのは慣れてるもの」
「舞衣、オレは…」
「もういいから…謝られるほうが空しいの、分かってよ…」
きっと、この痣は今日の夜か、明日の昼には消えてしまうだろう。
でもね、ネジ、心の痛みは消えないの。
あなたも、よく知っているでしょう?
「…ごめん、今日はもう、話しかけてこないで…」
このまま一緒に居たら、きっとあたしはまた泣いてしまう。
せめて、一人になりたかった。
与えられた部屋に向かって、歩き出す。
後ろから、「…ああ」という、弱弱しいつぶやきが聞こえた。