Middledream

□闇に舞う蝶…5
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「それは本当の世界なんかじゃない」

前にも同じことがあった。

透明な世界に投げ出されていたはずのあたしを、真っ直ぐに見つめる目。

細くて白い腕は、あたしの手首をしっかりと握り締めている。

「なん、で」

喉の隙間から声が漏れるように出る。

「なんで、また、あたしを見つけるの?」

もう構わないで欲しかった。

中途半端な救いは欲しくなかった。

「どうせ、いなくなっちゃうくせに」

『ごめんなさい、聖奈』

そう言って、あの人はあたしの世界から消えてしまった。

『お前も、すまなかったな』

最後に残ったあたしの主も、行ってしまった。

世界に残されたのは、あたし一人。

透明な、あたし、ただ一人。

「いなくなっちゃうくせに…」

同じ言葉が、もう一度飛び出る。

彼は、この後なんて言うんだろう?

「そんなことない」と偽善ぶる?

「いられる限りそばにいる」って抱きしめる?

…答えは、どれも違った。


彼は無言だった。

無言で、あたしの手を開放して、そして…あたしに握らせる、黒い刃。

…再不斬さんが、最後に使った武器。

鋭く光を放つそれは、少し皮膚を掠めるだけでも傷がくっきりとつきそうだった。

「…もう、オレは何も言わない」

今まで聞いたことのない声が、頬を掠める。

「甘えるのもいい加減にしろ」

予期していなかった冷たい言葉が、突き刺さる。

「死にたければ、それで死ねばいい」

…そして、あたしは今更ながらに気づくのだ。

「生きたければ、生きればいい」

嗚呼、自分は心のどこかで彼に甘えていたんだって…。

「後は、お前が決めろ。聖奈」

ぴしゃりと、いつもよりも大きな音で、襖が閉められた。

静まり返る室内、あたしの手には一本のクナイ。

(…ネジさん、怒ってた)

死にたいとか生きたいとか、それを考えるよりも先に、それが浮かんだ。

わかってる、本当は、分かってた。

(甘えていたかった。わがままを聞いてもらいたかった。構ってもらいたかった。誰かに依存されたかった…)

ぽたりぽたりと、透明な雫が透明であるはずの身体に落ちてくる。

…雨?

ううん、違う。

落ちてきた雫を、少しだけ舐めてみる。

しょっぱい、ああ…これは、涙だ。

でも、誰の?

…きっと、あたしの、涙だ。

ぽたりぽたりと、雨はとめどなく降り注ぐ。


どのくらいその雨を他人事のように眺めていただろう?

(…生きるか、死ぬか)

ふと、一番重要な議題を思い出した。

…ああ、そういえばそうだった。

決着を、つけなきゃいけないんだった。

借りたクナイを握り締める力が、強くなる。


・・・本当に、これでよかったのだろうか?

そんなささやかな疑問が、脳裏に浮かぶ。

それをすぐに打ち消して、クナイを目の前まで運んで、首筋へ。

「―――っ」

ぐっと、手にいっそう力が篭もった。
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