二羽の鳥が羽ばたいて
□8.運命の日
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空羽が余計なことを言ったのだろうか?
あれからネジはあたしを避けだした。
それでいい、これで心を乱されずに済む。
そう思っていたはずなのに、こんなにも苦しいのは何故だろう?
ものを考え、感じるのは脳のはずなのに、
何故この肉と血だけの心臓が
こんなにも、痛いのだろう?
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「ただいま帰りました」
いつものように修業を終え、舞衣は分家の玄関をくぐる。
父母が死んでから、ずっと一人で使ってきた広い屋敷。
返事が返ってくることはないのにバカみたい…そう呟き、彼女は前を向き…固まった。
また、首を絞められる感覚が、彼女の全神経を襲う。
必死に、彼女はそこを凝視する。
彼は、笑っていた。
「ど…して…」
「…お前がオレを見ないからだよ、舞衣」
男は、崩れ落ちた舞衣を静かに抱きかかえると、母屋から遠くはなれた演習場に連れていった。
そして、投げ捨てるように彼女を地面に置く。
受け身など取れない舞衣は、ドサリと倒れ、動かなくなった。
男は笑みを消し去り、それを悲しげに見つめ、立ち去った。
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ネジがそれを知ったのは深夜のことだった。
任務帰りのガイが倒れていた舞衣を、偶然見つけたらしい。
暗所恐怖症の舞衣は必ず日が落ちる前に家に帰るため、そんなところで倒れてるのが不審すぎる話。
それを聞いてすぐに、ネジは深夜にも関わらず病院に向かうのだった。
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深夜だからか、辺りには看護師しかいない。
静かにするという条件付きで、ネジは面会を特別に許された。
彼女の名前が書かれたプレートがかかった個室の扉の前、そこまで来て彼は立ち止まり、静かに深呼吸をして入った瞬間…息を詰まらせた。
痛々しかった。
沢山の管に繋がれた意識のない舞衣は、酸素が不足しているらしく、酸素ボンベまでつけられていて、首には包帯が巻かれていた。
静かにネジは白眼を発動する。
モノクロに世界が染まっていく。
あの日見た模様が、彼女の首に、はっきりと刻まれているのが見えた。
「すまなかった…」
――どうして、あのとき誰にも言わなかったんだろう?
『なんとなく、秘密にしておこう』
『自分と彼女の秘密にしておきたい』
『誰にも知られたくない』
そんな自分の些細な我が儘が、彼女を苦しませた。
「舞衣、あの本、お前も読んでたんだな…当たり前か」
小さくネジは呟き、小さなミニサイズのメモ帳のような絵本を取り出す。
古びたその本のタイトルは『鳥が空から羽ばたいて』。
著者は…舞衣の今は亡き母親。
『親戚の妻が亡くなる前に書いた絵本なんだ』と、ヒザシは幼いネジに語っていた。
生まれつき飛ぶ力が弱く空に飛び立てなかった鳥が、努力をして最後、誰よりも高い高い空の遥か遠くに羽ばたいていくという、どこか物悲しい話だ。
それを、空羽は否定した。
現実は正反対だと、翼を折られたと。
ネジはサラサラと舞衣の髪を撫でる。
運命は変えられない…意味無く縛り付けられた舞衣と、意味有り縛り付けられ父を無くした自分。
同じだ、とネジは思う。
「同じ運命…か」
同じだと、ネジは哂う。
ならば、このままずっと闇にいてあげよう。
2人で墜ち続けよう。
運命は変わらないのだ。
しかしそれは、永遠に1人にはならないということ。
「人と関わるのは苦手なのにな」
何故だろう、この少女は愛せそうだと、ネジは笑った。