第一部

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それから半刻ほどして磯さんがやってきた。その背にはいつもの大きな連雀。服装は簡素な着物を捲り上げて、見たことない股引のようなものを履いていた。

「よぉ、楓とエロ狐。元気だったか?」

「エロは余計だ。」

「あれー?すげぇ美人がいる!ついに女できたか!やるな、ムッツリ!」

「人の話を聞け。」

磯さんの首元を締めあげる蓮華様と、楽しそうに笑う磯さんを見て、桜ちゃんはぽかんとしていた。

「…にぎやかな人だね。」

「でも、いい人だよ。」

客間に行く間もずっと磯さんはそんな調子だったが、桜ちゃんが男だと知ると相当な衝撃をうけたのか、固まっていた。あれは面白かった。静止する磯さんなんてはじめて見たからだ。

客間に着いて、連雀を降ろすと、お茶を一口だけのみ、また話出した。
本当に落ち着かない人だなと思う。

「人は見た目じゃわかんねぇな。…て、あれ?楓髪切っちまったのか。失恋?それとも…は!蓮華か?蓮華に切られたのか?いやー、かわいそうに。やっぱりこいつに預けたのが間違いだったか。こいつ人をいじめてなぶるの好きだから…。本当悪趣、いだ!」

「早く物だせよ。」

磯さんの波のように途切れることない話に痺れを切らした蓮華様が雷を落とした。
話の途中から肩を捕まれぐらぐら容赦なく揺らされていた私は解放されたが、まだ頭が揺れて気持ち悪い。桜ちゃんは「大丈夫?」と背中をさすってくれた。

「ちぇ、蓮華のせっかち。」

磯さんはぶつぶつ文句を言いながら商品を机の上に並べ始めた。
しかし、ゆっくり見ている暇はない。なぜなら彼は選んでいる間も話をやめることはないので、集中出来ないのだ。
初めて会った桜ちゃんは為す術もなく、必死に話を聞いていた。いや、聞かされていた。
そんな桜ちゃんをみかねて蓮華様は磯さんに話しかける。

「おい、これは何だ。」

白く丸い塊を指差す。確かに私も知らない物だ。
なんだか変わった香りがする。

「ああ。そりゃ『ろ組』の乾酪だ。匂いが移るから今まで持って来なかったけど酒と合ってなかなかうまいぜ。」

「ふーん。じゃあこれとこれに合う酒を貰う。あとこいつ用の干物。おい、桜も何か選べ。」

桜ちゃんは助かった!という顔をして、初めて見る物に目を輝かせていた。
そして西の大陸から来たという緑茶を発酵させた赤いお茶を選んだ。

私たちに商品を売るとすぐ磯さんは荷物をまとめると、「夜はここに泊まるからよろしく」と言い、町にくりだして行った。

家の中は嵐が去った後のように静かになった。
3人のため息がそろう。桜ちゃんがぷ、と吹き出すと家の中は笑いに包まれた。

「今夜はにぎやかになりそうですね。」

「にぎやかなんてもんじゃねぇよ。」

「僕今日寝かせてもらえるかな。」

そして私と桜ちゃんは今夜の夕食の買い出しに出かけることにした。
たくさん笑ったおかげで体はすっかり暖まり、外出も苦ではなかった。

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