第一部

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「え、楓さん…どういう。」

僕は男を握っていた腕を思い切り後ろに振り払い、男を投げ飛ばした。
それなりに体格の良い男だったが、気が抜けていたのかあっさりと倒れ、尻餅をついた。
僕、いや、私は相変わらず桜を取り囲む男達を退け、彼女に近づいた。

「私は今日あなたを調べにきた。昨日匿名であなたに騙されたと相談してきた方がいたから。私はあなたを詐欺師だと聞いていた、けれど、今日話していて私にはあなたはそんなふうにはみえなかった。」

その時私の脳裏には時折見せた桜の悲しい顔が浮かんでいた。

私の突然の告白をじっと聞いていた桜だったが、私が話し終わると胸元をぎゅっと掴み、話はじめた。

「え、楓さん?調、査?と言うより…『私』?」

「桜さん全然気付かないんだもん。私、女、ですよ。」

「だって、髪…。」

「女が短髪じゃいけない法律があるんですか。」

桜は目を見開いて、首を振り、力なくその場に崩れた。頭を下げ震えている。私はそんな彼女の両肩を掴んで揺らした。

「ねぇ、桜さん。勘違いなんですよね?詐欺なんて…。」

『詐欺』という言葉が出てきた途端桜は、ばっと頭を上げた。目には涙が溜まり、赤くなっている。
しかし、それは悲しみの目ではなく、怒りの目だった。そして肩に置かれた私の手を振り払い立ち上がり、呆気にとられてまだしゃがんでいる私を指差しさけんだ。

「おい、お前ら!なにぼさっとつっ立ってるんだよ。早く、早くこいつをやれ!」

誰に向かっていっているのか。私には分からなかったがすぐに先程桜を取り囲んでいた男の一人が応えた。

「おい、桜。お前はどこ行くんだよ。」

まさか。

「首領の所に帰る!」

まさか。

「え、桜さん?」

私の問い掛けに桜はくるりと振り返る。

「あ、そうだ。あんた気付かなかったみたいだけど、僕『男』だから。」

桜は乱れていた着物をめくり胸元をだした。
間違いなくそれは男の人の体だった。
呆気にとられて私はしばらく自分が今置かれている立場に気が付くことはなかっが、腹に蹴りを入れた男の一言で我にかえった。

「桜、殺されるんじゃね?」

私を蹴った足を掴み手前に引くと男はバランスを崩して倒れる。倒れた男の腹を思い切り踏んだ。
男の腹は鈍い音を立てたが、私は気にしなかった。

「この女(アマ)…。」

後ろにいた男が私の両腕を掴み、また他の男が私の腹に拳を埋めた。
痛いはずなのに何故かなんともなかった。
その姿に男たちは恐れを感じ始めたようだ。互いに顔を見合わせている。

「気持ちわりぃよ、こいつ。女の癖に平気な顔してやがる。」

「おい。桜が殺されるって言ったか?」

次の瞬間目の前の男の首元に噛み付いた。ひどい叫び声を上げ、男はうずくまる。どくどくと流れる血を平気で見た。おかしい。普段の私なら失神しているはずだ。
その様子を目の当たりにした後ろの男はひぃーと叫びながら逃げようとしたが、私はその男の衿を掴んだ。

「質問に答えれば何もしない。」

今日の私、どうしちゃったんだろう。

「何で桜が殺される?」

男は震えながら答える。

「首領は失敗を許さないから。今まで何人も殺されてきた。」

「じゃあ何で桜はそいつの所にいった。」

「桜は新入りだから、知らないん…。」

私はありがとうと笑い、話途中の男を爪で切り裂いた。
……いつの間に。いつの間にこんなに爪が伸びたんだろう。
明らかに何かを切り裂くための鋭利なその爪を見ながら自分が何処か遠くに行くような錯覚を覚えた。
爪についた黒い血を振り払い、私は足早に桜の後を追い掛けた。

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