第一部

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気付いたらそこに存在していたのだ。『存在』などという言葉、彼女には理解できない言葉だが確かに存在していたのだから使うより仕方がない。

それは陽が辺りを赤く染めはじめるとき。彼女は存在したのだ。

辺りを見回す。左を見れば山、右を見れば遥か遠くに岩山が見える。足元で何かが蠢くのを感じるとそこには蟻が列をなして歩いていた。何を思ったのか、と言っても何も思っていないが、彼女は口に蟻を運んだ。美味しかったのか蟻を拾っては食べ、拾っては食べ。その単純な作業にしばらく夢中になる。その時、頭上より声が聞えた。

「こんな所で何してるんだ?」

『何をしている』と問われても『蟻を食べている』としかいいようはないし、そもそも彼女は言葉をまだ理解していなかったので、にゃーと鳴くしかない。声をかけてきた男は背に身長より大きな荷を背負い、軽く足踏みしていた。そしてその荷から何ともかぐわしい香がしたのだろう、彼女は手を伸ばした。

「ちょっと待て!これは大事な商品なんだ。触らないでくれよ。」

そう言って体を捻り、避けるが彼女はしつこく追い続ける。彼―いそがしの磯は仕方がなく、自分の晩飯を半分渡した。彼女は嬉しそうにみゃーと鳴くと渡された握り飯を美味しそうに食べた。

烏が鳴きはじめる。早く『に組』に入らなければ夜になってしまうと焦りながら、磯は彼女に、いや自分に尋ねた。

「どうしてお前みたいな女が二の原にいるんだ。」

二の原というのは大陸のほぼ中央にある原っぱである。近くに町もないし『い組』という少し訳ありの町の近くなので女はともかくも男でさえ、余程の用事がなければ近寄らない場所である。そんな場所に荷物ももたず、顔は前髪で見えない、仕舞には言葉を話さない。怪しいと言われても仕方がない。

「このまま放っておくわけにもいかなそうだし、とりあえず『に組』言って話を聞いてみるか。」

磯は彼女の手を取ると歩きはじめると、彼女も大人しくついてきた。


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