シリアス長編創作
□絡まない、視線
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夕闇が、沈む太陽を覆い尽くさんばかりに広がる頃。
シオンは自分の部屋の扉を開けた。
するりと身を滑り込ませると、後ろ手に鍵をかける。
そうしてようやっと緊張を解いたように大きく息を吐き出した。
俯く顔は、長い前髪に隠れて見えない。
扉に預けられた体は、やがて支えを失ってずるずると下に滑り落ちていく。
蒼い長い髪が床に広がる。
―ダン!
シオンの拳が、床を思い切り殴りつけた。
きつくきつく握りしめられたそれはぎりぎりと音を立て、微かな震えが伝わりゆく。
薄暗い部屋の中、シオンは荒い呼吸を何度も繰り返した。片手で顔を覆い、肩で息をする。
…息苦しくてたまらない。
どうしょうもない衝動が、体中を駆け巡っていた。
――どのくらいそうしていただろうか。
シオンは部屋に散らばる自分の脱ぎ捨てた服を見る。
返り血に染まった服。
…しかし元から黒いその服は見た目、何の変わりも無いように見えた。
そうだ。変わらない。…今更変わり様は無いのだ。
自分は。
ディアーナの血に染まった姿を思い出してシオンは額に爪を立てた。
―たまらなかった。
血だまりの中で意識を失っていたディアーナ。
あの時、彼女を抱き上げた自分の手は震えていたかもしれない。
あれは別にやろうと思ってやった事ではなかった。
呪文を唱えたわけでもない。そうなれと願ったわけでもない。あの時。ディアーナが突き飛ばされたあの時。
頭の中が一瞬真っ白になった。
…あれは、完全に力の暴走だったのだ。
元々、人並み外れた魔力を持つシオンだったが昔からその制御に困ったことなど無かった。
制御に必要なのは感情のコントロールと集中力。
…簡単な事のはずだった。
こだわりがあるように見えても、実の所、根本ではそんなに深く物事に執着しない性質の彼にとって、それは何の造作もない事のはずだった。
(できりゃいいし、できなけりゃそれでいい)
いつもそんな風に適当に考えていた。
実際問題、彼にはできない事の方がはるかに少なかったからそれでよかったのだ。
大体の事がいつもそうだった。
特に女達との恋の遊戯がそうであったように。
『あの子を傷つけるものは何であろうと許さない』
そんな、セイリオスの言葉が脳裏に蘇る。
「…分かってるさ。分かってる。」
小さく、シオンは呟いた。
分かっている。そんな事は誰より分かっている。
…自分だって許せるはずが無いから。
それが自分だというなら、自分など居なければいい。
消えてしまえばいい。邪魔だ。
―だから、もう近づくな。近づくな。
彼女をこの色に染めてしまいたくはないから…。