シリアス長編創作
□切っ先の生む切っ掛け
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…それはある意味、慣れた感覚だった。
―押し殺した殺気。
人込みの喧騒に紛らわせても、流れてくるどこか尖った気配はそう消せるものではない。
もっとも、こちらの長年の経験というものがその極僅かな空気を正確に読み伝えているのかもしれないが。
(…まぁーったく、ご苦労さんだねぇ)
シオンは内心で肩を竦めながら、何事も無いように街中を歩いていく。
まさかこんな所で手は出してくるまい。
もっと人気の無い所か、余程こちらに隙が出来ない限りああいう手合いというのは仕掛けてきたりはしないのである。
気づいている事に気づかれずに、しかし向こうが仕掛けようと思う程度には隙を作らないようシオンは巧みに道を選んで歩いていった。
そんなひどく微妙な気配の調節も彼にとっては何の造作も無い事。
そうしようと思うよりも先に自然と体が必要に倣う。
このまま、適当な所におびき寄せて片付けちまうのが最良だよなと考えをめぐらせ、計画を立てる。
向こうが、こちらをつけ飽きるくらいの時間をかけてちょうど良く『舞台』に到着できるように。
生かさず殺さず程度に痛めつけて裏を吐かせる。
上っ面の表情こそ普段と変わらなくても、今、ここにいるのは飄々とした遊び人ではなく、周辺諸国にまで名を轟かせる凄腕の筆頭魔導士に他ならなかった。
暫くの間、一定の距離を置いての追いかけっこが続く。
作意無く見えて、それでいて緻密な計算の元に街中を流していくシオン。
…そろそろだと思った。
極さり気無く、人通りの多い大通りから裏路地の方へと足を向ける。思った通り、感じていた気配も彼に倣う。
…これは…一人ではない。複数か。しかし、そう多くも無い。二人といったところだろう。
――先手必勝
それがシオンも最も好むやり方だった。
手っ取り早く終わらせようと小さく口の中で呪文を唱える。
向こうも、こちらの不意をついて襲う予定だろう。
ならば余計にこちらから仕掛けた方が相手の動揺を誘える。
そうして意識はすでに連中を捕まえた後の事へと移っていった。
―そう。それは、極簡単なことのはずだった。
筆頭魔導士となってから、いや、それ以前から彼にとっては繰り返されてきた事の一つだったのだから。
…そこに、あの軽やかな声さえ掛からなければ。
「シオンじゃありませんの。」
…どれが、先だったのだろう。
「―――?」
シオンが驚愕に振り返るのと隠されていた殺気が本物となって降り注ぐのと。
ディアーナの声が、図らずも全ての開始の合図となってしまった。
―煌く凶刃。態勢を立て直している暇は無かった。
「…ちっ!」
シオンはとっさに唱えておいた魔法を手近な距離に来た刺客に放つ。
手加減など効かない。風は嫌な音を立てて一人をまともに貫き、空中に朱を散らす。
無生物と成り果てた体が慣性のまま大きく弧を描き地へと叩きつけられる。
僅かな間を置いて周りの人間が異変を理解する。
上がる悲鳴と恐怖の色が辺りを支配する。
逃げ出す人々の中に、もう一人の刺客の姿が見え隠れした。
恐れ戦いたのか、それとも状況を不利と判断したのか。
その男はシオンに背を向けると走り出す。
ディアーナが大きな通りの方からシオンに声をかけてから、そこまではほんの数秒の出来事だった。
当然の如く急転する事態をまったく把握できていないディアーナは、通りの真ん中に突っ立ったまま大きな瞳をただこちらにむけている。
「…姫さん!」
男の行く手を阻むような形になっているディアーナの姿にシオンが悲鳴を上げる。
―間に合わない。
浅黒い男の腕がディアーナの華奢な身体を思い切り突き飛ばす。
「きゃあっ!」
弾き飛ばされたディアーナは後ろのレンガの壁に頭から打ち付けられ、瞬間的に意識を手放す。
そして、風が鳴った。
…崩れ落ちる彼女のすぐ側で、一人の人間が無数の小さな肉片となって弾け飛んだ。