パラレル創作

□Dose it follow that?
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「何だって言うのよ、キールの奴!!」



ボスッと大きな音を立ててクッションが床に叩きつけられた。

「人の話、なあんにも聞かないでさ!」

肩で息をし、そう吐き捨てると枕に突っ伏す。

芽衣は学校から帰ると、制服も脱がないままベッドに身を投げ出して暴れていた。

悔しくて悔しくてたまらない。…どうしてあんなふうに言われなければならないのだろうか。

…そりゃあ、確かにあの時はごまかす為に適当な事を言ったけど。

だってあれは…。

「………。」

芽衣は少しだけ顔を上げて、微かに赤くなった目で机の上のカレンダーを見る。

卓上カレンダーの、今日の日付には大きなマルが付いていた。そして、その数日前の日曜日のところにも同じようなマルが一つ。

芽衣は小さく息をつくと力を抜いてベッドに手足を伸ばした。

何だかもう怒り疲れた。全部がどうでもいいような気分になってきて大きく寝返りをうつ。

(……きっと、喜んでくれると思ったんだけどなぁ……)

芽衣は天井を眺めながら、小さくそう呟いた。





キールとは、昔からずっと一緒だった。

皆で遊んでいても何故か静かな所に一人で居たがる彼を自分は何だかじれったく思って、何かと理由をつけては引っ張りまわした。

今思うとものすごくお節介だったようにも思うけど、キールの兄であるアイシュなど逆に有り難がっていたくらいだったからあまり気にした事は無かった。

キールも、さすがにいい顔はしないけれど面と向かって文句を言ってきた事は無かった。

単に諦めていただけなのかどうかは分からないけど、とにかくいつも一緒に過ごしていたのだ。

自分にも弟がいるから、彼にもそんなお姉さん心から何かと気になるのだと、その時は思っていた。

でも、今よく考えてみると自分はただ、キールが気に入っていただけなのかもしれない。



―小学校にあがる時。

キール達の両親は教育方針のことで対立してしまって、いろいろ難しい事になった。

もちろん、その当時は自分も小さかったから何が起こっているのかなんて全然知らなくて、後で聞いた話だけれど。

とにかく、キールは自分と同じ学校には行かないのだと、彼と彼のお母さんが家を出る日になって始めて聞いた。

お母さんの希望で私立の学校を受験したキールは、受かるとそのまま登校の為にその学校の近くに引っ越してしまったのだ。

…事実上の別居。いつも一緒だった自分達は一緒には居られなくなってしまった。

何よりもあの双子が離れ離れになるなんておかしいと思った。

アイシュはキールが大好きでキールもアイシュにべったりだったから。一緒にいて当然の二人だったから。

実際、そう思ったから一生懸命周りに言ってみたけれど大人達は何とも言い難い顔をしてただ黙っているだけだった。

最後の日。キールは何も言わなかったし、自分も何も言わなかった。

…きっとそれは実感が無かったから。

そして…いなくなってみて初めて、キールに会いたいと思った。

学校は違うし、家は知らないしでどうしようもできなかったけれど。

―それから数年後、二人のお父さんが亡くなった。

さすがにアイシュ一人にしておくわけにはいかなかったらしくて、お母さんとキールはこの家に帰ってきた。

戻ってきた日。自分はたまらなく嬉しくてその後ろ姿に声をかけた。

…いつもと、以前と同じように。

『キール!』

するとキールは、ゆっくりと振り返ってこう言った。

『…何か用か?』

それは予想していたどの返事とも違う反応で。

『…えと…。』

思わず、口篭もった自分に向こうは眉を顰めた。

『何も無いなら、呼ぶなよ。』

そう言ってさっさと家の中に入ってしまった。後には呆然とした自分だけが残されて。


「…そうよッ! あの時からキールは可愛くなくなったのよッ!!」


芽衣は憤然と叫びながら、がばっと起き上がった。

昔は単に大人しいだけだったのに、それが無愛想でとっつきにくいガリ勉になってしまった。

(口を開けば嫌味ばっかりだし、ほんと〜に、もー、嫌な奴!!)

ちょっとはアイシュを見習いなさいよねと思ってから、芽衣はふと顔を上げる。

視線の先には一枚の広告チラシ。それは、有名デパートの秋の特別フェアについて書かれているものだった。

「………。」

…アイシュは昔から、天才とか神童とか呼ばれていた。

子供心にはよく分からなかったけれど、それも両親の教育への考え方の違いに拍車をかけてしまったらしい。

アイシュ自身は特に普通と違うように振舞う事は無かったけれど、キールの方ではアイシュをとても頼りにしている反面、コンプレックスのようなものを持っていたようでもあった。

あれは、多分幼稚園に入るか入らないかの頃。

その時アイシュはもう字が書けていたし読めていた。

自分はもちろんまだだったし、キールも自分と同じだったのだけれど、彼はアイシュのまねをしてノートにいっぱい何かを書いていた。

…何か、文字のような物。

大人から見ればそれはただミミズがのたくったような線にしか思えないだろうけれど、その時の自分にはとてもすごい物のように見えた。

感動して、もっと良く見せてと言ったらキールは首を振って、下を向いてしまった。

『…嫌だ。』

『どうして?』

ノートを閉じて、隠すかのように抱え込むキール。

自分には何故彼がそんな顔をするのか分からなかった。こんなにすごいものを書けるのだからもっと自慢にすればいいのにと思った。

…でも、キールは再度首を振って繰り返す。

『これは、違うから。』

何が違うと言うのか、分からなかった。とにかくすごくて、単純に自分もやってみたいなと思っただけだったから。

『見せて。あたしも、そういうの書きたい。』

『駄目だよ。見せてもらうならあっちの方がいいよ。』

『やだ。それがいい。』

アイシュの方を指差すキールに今度は自分が首を振った。

だって、本当にそうだったのだ。

アイシュの使う、本物の文字は何だか自分には不恰好なものに見えて、ちっともいいと思えなかった。そんなものよりもキールが書いた文字の方がかっこよくて素敵だと思った。

何か、外国の言葉みたいですごく羨ましかった。

結局そのノートは見せてもらえなかったけど、あの時の事はとても印象に残っている。

そんな時だったと思う。キールが、お父さんの万年筆の話をしたのは。

お父さんが書斎で使っている万年筆がとても格好良くて憧れなのだというような事を話していた。

それはスイス製のもので、日本では売っていない。お父さんが仕事で現地に行った時に買ってきた物だという。

一度、お父さんに内緒で持ち出したキールに見せてもらったこともあった。

すっきりしたペン軸に綺麗なペン先。自分も、素敵な物だと思ったからよく覚えている。

だから彼が言っていたお店の名前も忘れなかった。

「………。」

芽衣は立ち上がって小さく畳んだ広告を手にとる。

そこには日曜日の日付で、スイスの特別輸入雑貨フェアの文字。そして、隅に小さくそのお店の名前も記されていた。

芽衣はそれを眺めて、指で紙をぴしりと弾いた。

「…せっかく、だったのに…。」

あのペンは、確かお父さんの亡くなったどさくさに何処かにいってしまったのだとずいぶん後になってアイシュから聞いた。

それを聞いた時、何だかひどく残念に思った。

あの時、宝物のように思えたペン。キールが、あんなに欲しがっていた万年筆。

それがもう無いのだと思うとものすごく寂しい気がした。

でも、ついこの間。そのお店が特別に一日だけ日本にやってくることを知ったのだ。

知ったのは本当に偶然。しかも、本当にそのお店だという保証はなかった。

自分の記憶違いかもしれないし、同じ名前の違うお店ということもある。

更に実際そのお店だったとしても目当ての商品を売っているとは限らない。

…だから、キールには教えることができなかった。

ぬか喜びをさせるのは何だか悪い気がしたから。

ちょうどキールの誕生日も近かったし、それならとダメモトで行ってみたのだ。

結果は見事大当たり。

キールに誕生日プレゼントなんて何年ぶりだろうなと思いながら今日を待った。

絶対、喜んでくれると思った。そうして嬉しそうにする顔を見れると思ったのに。

「………。」

…どうして、こんなことになっているんだろう。



『…嘘つきの話なんか聞きたくない!!』



キールに言われた言葉が頭の中で繰り返し再生される。

芽衣はベッドに腰掛けると力無く呟いた。

「…仕方ないじゃん。内緒にしときたかったんだもん…。」

第一キールもキールだ。

あんな言い方はないだろう。

ほんの少し、こっちの話を聞いてくれればよかったのに。

「あーあ。最っ低な気分!」

大きく後ろに倒れこんで毒づく芽衣。

そしてごろりと寝転がりながら考える。

(そういえば、アレ…置いてきちゃったな)

勢いで思い切り投げ捨ててきてしまったけれど、どうなっただろうか。

壊れたりはしないだろうがだからといって取りに行く気にもならない。

「…でも、もーいいや。知らないっと!」

大きな声でそう言って、芽衣はこの話についてうだうだ考えるのをきっぱり止めようと決めたのだった。









『テストとドレスと自分の心と』に続く




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