キールはいつものように自分の定位置と化している図書館棟に向かうべく、裏庭を横切った。
ここから行けば校舎と繋がっている所とは別の入り口から入れる。
わざわざ正面から行くよりもこっちの方が断然早い。
すでに日課となっている道を歩いていた彼は、ふと普段この辺りでは見かけないものを視界に捕らえた。
(…メイ?)
彼の前を栗色の髪を肩で揃えた小柄な少女が歩んでいた。
もちろん、彼女の方はキールに気づいてなどいない。
こんな所に何だというのだろう。
とてもじゃないが図書館に用があるとは思えない。
内心首を傾げながら芽衣の後ろを歩く。
別について行っているわけではない。単に方向が同じだけなのである。
すると彼女は校舎の角を曲がる辺りでぴたりと足を止めた。
「…話ってなぁに?」
そんな芽衣の声にキールも思わず歩みを止める。
他にも誰かいるようだった。しかし校舎の陰に隠れてキールには誰がいるのか見えない。
「あの、いきなり呼び出してごめんな。」
聞き慣れたものではなかったが、それは男の声だった。
他にも何やら言っているようだが声が遠くてこれまたキールにはよく聞こえない。
「えーと、何て言うか…その、前から気になってたって言うか…。」
何となく動きづらく、その場に突っ立ったままのキール。
当然の如く前方の二人はこんな近くに他人がいるなどとはまったく思っていないに違いなかった。
「…よかったらさ、今度の日曜、映画行かないか? チケットあるんだ。」
その、意を決したような強い言葉がキールの耳に飛び込んできた。
彼は驚きに軽く目を見張る。
これは、つまり、…そういうことなのだろうか。
それに答えるべき芽衣の表情はこちらからは陰になっていてわからない。
キールと同じく、最初に立った位置から動かず、何のリアクションも窺えない。
…彼女は、今どんな顔をしているのだろうか。
驚いているのだろうか。それとも喜びに笑んでいるのだろうか?
「………。」
何となく気まずさを感じ、キールは黙って予定を変更した。
そっと踵を返し、元来た道を戻っていく。
…何だか釈然としないものを感じながらキールはただ前を見据えて歩いていった。