中篇創作

□空と緑と風の中
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水しぶきが上がった。
空に向かって広がるそれは、陽光に煌めき、辺りの風景を彩る。

「冷たいですわ、メイ。」
「あははっ! ごめんごめん。でも気持ちいいでしょ?」

水の中に足を浸した少女二人がはしゃぎまわる様子を、少し離れた場所から四人の人物が眺めやる。
初夏の風が吹いて、一同の髪を揺らしていった。

「シルフィスもおいでよー!!」
「そうですわ、早く早く!!」

芽衣とディアーナが湖のほとりで手を振る。
呼ばれたシルフィスが、隣のレオニスをそっと窺うと彼はこくりと頷いた。

「行って差し上げろ。」
「はい。」

答えて、立ち上がり走り出すシルフィス。
靡く金糸の後ろ姿を見送ってから、レオニスはさっさと腰を落ち着けている筆頭魔導士を見やった。
シオンはどこかうんざりした様な顔で湖の方を見詰めている。

「…シオン様。」
「…へーい、何でございましょうか。」

浮かべた表情と同じ種類の、投げやりな答えが返る。
しかし、シオンのこうした態度はいつものことなのでレオニスは大して気にせず予てからの疑問を口にした。

「今日、私は仕事と伺って来たのですが。」
「俺もです。」

キールが尻馬に乗る。
レオニス以上に憮然とした顔で、己の先輩魔導士を見下ろしているが当の相手はそんなことそよ風程度にも感じていないことは明白であった。
相変わらず湖から目を離さず、手をひらひらさせてつまらなそうに応対する。

「仕事だぜぇ? そっちにだって命令書が行ってるだろ? …ご丁寧にも皇太子殿下の署名入りで。」
「「…………。」」

それは確かにそうなのだが。
しかし、この和やかな風景を見ていると、自分達が来る必要があったのかどうか大いに疑問なのである。
王女の護衛という名目で騎士団からはシルフィスとレオニス、魔法院からはキールが借り出された。
更に王宮からはシオンが派遣されていて、いったい何処に行くかと思いきや、湖でぱしゃぱしゃ水遊びである。
戦時中や何か不穏な動きがある場合なら、こうしたお忍びにも万全を期す必要があるだろうが今はいたって平和そのもの、そういうことには耳ざといレオニス達もそんな事態は心当たりが無い。
なのに、これは一体何なのかと二人が思った所で無理からぬことなのだ。
そんな二人を横に、筆頭魔導士は彼に似合わぬ深々とした溜息をついた。

「キール。」
「…何ですか。」
「はっきり言って、これはお前んトコの嬢ちゃんの策略だかんな。」
「……は?」

訝しげなキールを横目で睨んでシオンはこうなった経緯を語り始めた。
最初は、シオンとディアーナが二人で遊びに来る予定だったのだ。
それを小耳に挟んだ芽衣が自分も行くと言い出すまでは。
当然の事ながらシオンが難色を示すと、芽衣はちゃっかり皇太子を持ち出してきた。
計画自体を潰す事は、遊びに行くのを楽しみにしている妹に嫌われる原因になりかねないので、彼は芽衣の提案どおりに嬉々として命令書を作成した。
それなら、騎士として忙しくなったシルフィスも一緒に出かけられるし、何より外出を好まない自分の恋人も引っ張り出せると、そういうことらしい。
これははっきり言って、芽衣の一人勝ちというやつであった。

「…メイのやつ…。」
「なるほど、そういうことでしたか。」
「あっさり納得すんな。」

額を抑えるキールの隣で、頷くレオニスに、シオンが八つ当たりめいた声を上げる。
ちょっと離れた所では、少女達が楽しそうな声を上げていると言うのに、男三人の、この場の雰囲気は何とも言えず硬かった。
とりあえず、今回の同行について、文句を言ったところで始まらないと理解したキールは、違う意味で溜息をつきながらシオンに向かう。

「シオン様…。いい加減に、何とかならないんですか。」
「何が?」
「あなたと姫と殿下のことです。」

その言葉に、シオンの琥珀の瞳が煌めいた。レオニスが思わず一瞬身構える。
一流の騎士である彼はもはや無意識に体が周りの気配に反応するようになっている。
今のシオンには、目の前のものを敵と見定めた猛禽のような物騒さがあった。

「仕方ね〜だろ。俺は穏便に仲良くやろうとしてるのに、ケンカ売ってくんのは向こうなんだ。」
「原因は八割がたあなたの方にあると思いますが…。」
「おいおい、八割はひどいねぇ。」

顔は笑っているが、目が笑っていない。
こんなシオンと、普段は冷静沈着でも妹のことになると恐ろしいくらいのセイリオスが真っ向から激突しているのである。
王宮の人間以外にははっきり言って他人事なのだが、王宮の、それも王族に近しい所にいる者にとっては一種の災害であるといっても足らない。

「兄貴にしょっちゅう泣きつかれる俺の身にもなってください。」
「…だったら、早々に片付くようにお前らも俺達の味方につくんだな。」

その言葉に、何とも微妙な表情になるキールと、そしてレオニス。
どちらにしろ、ディアーナの意思は固まっているから時間の問題と言えるのだ。
だがしかし、もし自分に可愛がっている身内の女性がいたとして、それをシオンに嫁がせたいかと訊かれれば、答えは絶対にNOである。
それでも、自分達の愛しい恋人は例に漏れず大事な親友の恋の成就を願っているわけだから、彼らに選択の余地は無い。
積極的か消極的かの違いは置いておいても、セイリオスに涙をのんでもらうより他なさそうだった。

「生憎と俺は欲しいものは何をしてでも手に入れる性質なんだ。今に見てろよ、セイルの奴。」

そう言って口元だけを笑みの形に歪める。
何をする気か、考えるのも恐ろしいが、どんな状況でも仕事においては抜群のパートナーシップを見せる二人なので国政に支障はなさそうだ。
それならそれで、早く嵐が止む事を祈るのみである。

「お〜いっ! そこの三人―!! そろそろお昼にしない?」

向こうから、芽衣が叫んだ。
見ると女性陣は湖から上がってこちらへとやってくるところだった。
元気良く、一番に芽衣が駆けて来て腕を広げる。

「バスケット、バスケット!」
「…これか?」
「そうそう。よーっし! 荷物番ご苦労っ!!」
「あのなぁ…。」
「えへへっ!」

憮然とするキールに、芽衣は楽しげに笑ってちょっぴり舌を出す。
そうされると彼はもう、次の言葉が出てこないのだ。
…こいつ、絶対分かってやってるよなとキールはいつも思う。
奇妙な敗北感。悔しいのに、それほど嫌でもない自分がいる。

「ふぁ〜、お腹がすきましたわ!」
「そうですね、用意しましょう。」

シルフィスが敷物を取って広げるのをレオニスが手伝う。
その上に、芽衣が手際よくバスケットの中身を取り出して並べた。
お昼は、ディアーナが王宮で作らせたランチボックスと芽衣の手作り弁当という豪華版である。種類も量もたっぷりで、食べ盛りの姫君は、思いっきり目を輝かせた。

「美味しそうですわ〜!」
「メイ、すごく可愛いですね、そのお弁当。」
「いや〜、プロのと並べられると痛いんだけどさー。」

そう言って苦笑する芽衣の料理は、タコさんウィンナーやリンゴのウサギなど、バラエティに富んだもので、王宮のコック達の作品とはまったく違う趣の良さがあった。
用意の整ったスペースに、まずディアーナがシオンに手を貸してもらいながら腰をおろす。
ちなみに今日は、いつものドレスではなく、裾の短いワンピースを着ている。
あんなものを着ていてはとてもじゃないが湖に足を浸すことは出来ないので。
…まぁ、短いといっても、芽衣のスカートの短さには遠く及ばないのだが。
他の者たちも思い思いの場所に座ると、芽衣の一言で食事が始まった。

「それじゃあ、どうぞ、召し上がれ。」
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