短編創作

□ミモザの花言葉
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外は、霧雨に包まれていた。


雨音もしないほどの細かい雨。ベールのように窓の外を包んでいる。


部屋に響くのは、本のページをめくる音だけ。


ディアーナの白い細い指が大きな本のページをめくっていく。


次々に現れる美しい、花の絵。


少女の唇からはただただ感嘆の息が漏れる。


「…わぁ、可愛い。ねぇ、シオン。このお花、何ていうんですの?」


「ん? それはルピナスだな。」


触り心地の良い敷き物の上に座り込んで彼に借りた本を眺めるディアーナ。


彼女が目を輝かせながらした質問に、同じく側に寝そべるシオンが答える。


雨の所為で中止になったデートの代わりに静かに彼の部屋で過ごす二人。


最初こそ、残念がっていたディアーナも、彼が出してきた本を見るうちにすっかり機嫌を直していた。


「じゃあ、こっちのお花は? さっきのに似てますけど、違いますわよね?」


ディアーナが、にこやかに隣のシオンを見る。


―が、何故か、すぐに帰ってくると思った答えは無かった。


右手で頬杖をついているシオン。


その琥珀の瞳だけがディアーナの事を見上げていた。


いっそ妖しいほどの力を持った煌き。それがじっと彼女の方を見ていた。


その視線に何かを感じて思わず身を引こうとすると、彼の左手がディアーナの右手を捕らえた。


そして、その指先に小さなキスを落とす。


「…シ…。」


「―ミモザ。」


「え?」


指先に唇をあてたまま、シオンが呟く。


思わず聞き返した彼女にシオンは笑ってもう一度ゆっくり言った。


「その花。…ミモザだ。」


思わぬタイミングで答えをもらって、ディアーナは目を瞬かせる。


「そう…ですの。」


花の名前を得た事で彼女の意識がまた本の方へと反れた時、シオンは間を置かず起き上がって思い切りその手を引っ張った。


「きゃあっ!?」


本が押しやられて大きな音を立てる。


気が付くとディアーナはすっぽり彼の腕の中に収まっていた。


「シオン〜!」


「…ん?」


耳元で、くすくす笑う彼の声。


くすぐったいのと恥ずかしいのでディアーナの頬に赤味が差す。


「放して下さいですの〜!」


「何で?」


間髪いれずに問い返されて、言葉に詰まる。


「何でって…これじゃ自由に動けないじゃないですの!」


放して〜とじたばたしてみるが腕の力が緩むわけが無く、益々強い力で抱きしめられる。


「シオン!」


「…何?」


「放してくださいってば!」


「…やだ。」


耳に口づけるような位置で囁かれた言葉。


掠めた吐息にディアーナの身体が震える。


シオンは口の端で笑って彼女の首元に顔を埋める。


「シ、シオン〜!」


焦ったような困ったような声。


でもシオンはお構いなしに彼女の甘い香りを楽しむ。


柔らかい髪。片手で腰を抱いて、反対の手でその髪を梳く。


器用に片手だけで髪を結った紐をほどいていく。


さらさらとした手触り。甘い香りが、さっきよりももっと強く匂う。


「な、何しますの、シオン〜!」


「んー…。気持ちいいなって。」


「やぁん! 止めて下さいですの!!」


「やだね。」


「放してってば〜!!」


「ダメ。」


「シオン〜〜〜っ!!」


身をよじって逃れようとする少女に笑って、その額に、目蓋に、頬に唇にと小さなキスを落とす。


「そ〜んなに放して欲しいわけ?」


頬を染めて、瞳を潤ませた彼女の顔を覗き込むようにして尋ねる。


にやにやとしているシオンに、ディアーナはちょっと膨れながら頷いた。


こっちは恥ずかしくてたまらないのに、余裕の表情で笑ってからかう彼が何だか腹立たしい。


そういう顔をしているディアーナにシオンは更に笑みを深くした。


「…んじゃ、お望みどおりに。」


するり、と腕の力が抜ける。


慌てたようにわたわたとそこから這い出すディアーナ。


ワンテンポ置いて、そんな彼女をシオンの腕が再び追う。


「きゃうっ!」


後ろから羽交い絞めに近い形で捕まえられてずるずると引っ張られる。


ついた先は結局さっきと同じ彼の腕の中。


「シオンー!!」


「ちゃーんと放してやっただろ?」


「これじゃ同じじゃないですのーっ!!」


ばたばたとさっき以上に顔を赤くして暴れるディアーナにシオンは声を立てずに笑った。


そして捕まえた両の手をそっと取って口づける。


白い指先一本一本に丁寧に口づけて、まるで味わうかのように口に含む。


そうやっているうちにいつの間にかディアーナの抵抗が止んだ。


見ると彼女は真っ赤になった顔に今にも零れ落ちそうなくらい潤んだ瞳をして困ったようにシオンを見上げていた。


シオンはそんな彼女の指に己の指を絡ませながら囁くように尋ねる。


「…姫さん。」


「な、何ですのっ!?」


「…ミモザの花言葉、知ってる?」


「えっ? し、知りませんわ。」


「…ふぅん。」


シオンは目を細めると長い指を滑らせてディアーナの顎を捕らえる。


そしてゆっくりと唇を重ねていった。


最初は柔らかく、そして段々深く激しく。


息も出来ないような口付けを与えて、自分の腕の中で震える彼女の感触を楽しむ。


「知らないなら知らないで、いいや。」


…合間に、洩らされた一言。


問い返す事も出来ないままディアーナはシオンの与える激しさに、ただゆっくりと呑まれていった。









窓の外を、音も無い霧雨が包んでいた。


静かな世界の片隅で、お互いを見詰め合う小さな二つの存在。


そして彼らを包むのは…たった一つの、愛しい熱…。







ちなみにミモザの花言葉について、蜜村さんに訊いちゃいけませんv

ふふ…(謎)(アカシア(黄色)じゃなくってネムリグサ(淡紅色)の方よ)

どうぞ御自分で調べてくださいねv

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