短編創作

□たからものの事情
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「…うまく、できない…」

手の中にある、毛糸の塊を前にアクアは呟いた。
もっと簡単にできると思ったのに。
アクアは眉間に皺を寄せて編み棒を置いた。
…どうしてマリンみたいに出来ないんだろうと訝しみながら。


―つい先日のこと。
マリンがアクアに毛糸のミトンを編んでくれた。
突然のプレゼントにびっくりして、でもすごく嬉しくてたまらなかった。
素直にお礼を言うのもストレートに喜びを表現するのも苦手なアクアは、どうやったら彼女の好意に報いられるのか考えた挙句、自分も彼女への贈り物を作ってみることにしたのだった。
「…………………。」
目の前の、努力の結果を睨みながら考える。
最初からミトンは難しそうだから、マフラーにしようと決めた。
それなら、ただまっすぐに編むだけだし、すぐに出来ると思ったのに。
うまくいかない。
アクアの作ったものは、どう見てもマフラーには見えなかった。
編み棒のささった、毛糸の塊。
恐らく誰が見てもそう言うに違いない。
おかしい。多少いびつでも、四角くなっていくはずだったのに。
どうしてこんなふうになるんだろう?
「…………………。」
アクアは無言で、毛糸と、作り方の本と、そして自分の『作品』を籠に詰めると立ち上がった。
そして荷物を手に部屋を出る。
何やら遊びに来ていたらしい金色の物体(人形付き)を蹴散らし、更に何やら喚いていた金色の物体(ゴーグル付き)も押し退け、アクアは外にと飛び出したのだった。(ちなみにヨハンは眠っていたため、被害にあわずにすんだらしい)




「……どうしようかな。」
気分転換にと、外に出てきたアクアだったが、事態が好転するわけでもなかった。
とりあえず、ほどいてやり直そうとしたら、何故かますます絡まったものになってきた。
なんで。どうして。おかしいわ。
ぐちゃぐちゃになっていくマフラー…というか、毛糸。
そして同じようにぐちゃぐちゃになってくる自分の頭の中。
アクアは自分でも気づかないうちに泣きそうになってきていた。
ただ、マリンにマフラーをあげたかっただけなのに。
『ありがとう』って言って、プレゼントしたかっただけなのに。
…なんで、自分には出来ないの。
多少魔法が使えたって意味が無い。
やりたいことが出来なくて、伝えたいことが伝えられないなら。
「…やくたたずだわ、わたし…」
すっかり意気消沈して、溜め息をつくアクア。
膝を抱えて座って、ほんやりと風景を眺めた。
…そういえば、確か、ここだったと思う。
マリンが大切な帽子を飛ばして、とるのを手伝ったのは。
プレゼントしてもらったものだから、すごく大切なものなんだと笑っていた。
もし、自分もプレゼントしたら、そんなふうにしてもらえるだろうか?
…でも、まず出来上がらなきゃどうしようもない。


「アクアさん?」


呼ばれて、バッと顔を上げたアクア。
…一瞬、幻聴かと思ったが、そうではなかった。
「…マリン?」
「ハイ♪ どうしたんですか? こんなところで」
今まで思い描いていた人物が現実になって現われた事にはさすがに面食らった。
でも、幻じゃない。
いつものようににこにこ笑って自分を覗き込んでいる。
「…ちょっと…ね」
「ちょっとですか?」
ばつが悪くて、どうしようかと思ったが、今更格好つけてもしょうがないと思った。
「…………………」
無言で、毛糸と編み棒を指すアクアに首をかしげるマリン。
「もしかして編物、ですか?」
「まふらー…なんだけど…」
「はい」
「…できないの…」
心底不本意そうに呟くアクア。
…そこで、マリンによるにわか編物講座が開かれることとなったのであった。






「あああ〜! そこで、毛糸を巻き込んじゃダメですよ」
「…こう?」
「そう、そうですっ! そのまま、そのまま」
どうやらアクアは、これから編みこまれる部分の毛糸の位置に無頓着すぎたらしい。
毛玉とマフラーを繋いでいる一本の線が、編み棒とは関係なしにあっちに巻き込まれこっちに絡まりなどとしていたせいで、あんな不可思議な物体に成り下がっていたのである。
そのクセさえなおせば、ただまっすぐに編んでいくことは難しくなかった。
大分長くなってきたマフラーを手に、アクアはぽつりと訊ねてみた。
「マリン、この色どう思う?」
「え? この毛糸ですか?」
「そう」
「いい色だと思いますよ? アクアさんに似合いそうですね」
にっこりと、マリン。
…いや、その、自分に似合っても意味が無いのだが。
「…わたしのじゃないんだけど…」
「え? そうなんですか?」
きょとんとする彼女にまたさりげなく水を向けてみるアクア。
「ちなみに、マリンはどんな色が好き?」
「私ですか? …そうですねぇ…」
そこでしっかり彼女の希望を聞き出したアクアは、今の毛糸で試作品一号を作り終えた暁には、新しく毛糸を買いに行こうと、心に決めたのだった。
だって、ぐちゃぐちゃの毛糸よりも、綺麗な毛糸で。
好きじゃない色よりも、好きな色で。
その方がきっと、喜んでもらえるだろうから。


―そんなこんなで。
アクアが編んだマフラーが、マリンにと手渡されるのは、
もう少し、先のこと…。


〜Fin〜



ウチのアクアはとことんマリンが好きでございます・笑

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