短編創作

□Go with you.
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「あああ〜、急がないと遅れちゃいますよー。」





神殿の前の道を茶色の髪を揺らした少女が慌しく駆け抜けた。


よく晴れた休日。絶好のピクニック日和である。


普段は『星の娘候補』として厳格な日々を送っているマリンも、今日のような日は普通の女の子に戻る。


…というのは本人の弁で、どんな日でもあまり変わらない、という説が一般的だが。


広場の入り口で、目当ての青年騎士の後ろ姿を見つけたマリンは大きく手を振った。





「アークさ…、とと、あれれ?」





大きく叫びかけて、マリンは首を傾げた。


あそこにいるのはアークと、それから…。





「アクアさん?」





彼の傍に銀の髪の少女を認めて不思議に思いながら近づいて行くと、クレープを頬張っていたアクアが顔を上げて、『あ、マリン』と呟いた。





「うわっ、何でもう来るんだよ、お前は!」


「へ? …で、でもだって、今ちょうど約束した時間ですけど…。」





遅れたら遅れたで文句が出るくせに、何とも理不尽なことを言って飛び上がったアークにさすがのマリンも困惑気味で答える。


そんな二人のやり取りの内に、アクアは持っていたクレープを全て食べ尽くした。





「おいし、かった。」


「あ、よかったですねぇ。」


「うん。…マリンも、食べる?」


「あははっ、そうですね、いいですね。」


「おいっ!」





アークの声が、二人の会話を遮った。


きょとん、としてアークを見る二人。


眉根を寄せて、アクアが訊ねる。





「アークも、ほしいの?」


「違―う! あのな、これから俺達は出かけるの。…クレープ食ってる暇なんかねぇんだよ。」


「え? 別に急いでませんし、それくらいの時間はありますよ?」





途端、短い唸り声を上げるアークに不思議そうなマリン。


もちろん、自分がものすごく余計なことを言ったという自覚は皆無である。





「そういえば、お二人が一緒なんて珍しいですけど、一体どうしたんですか?」


「…どうしたもこうしたも…。」





こいつが勝手についてきたんだよと彼が吐き捨てると、アクアがこくりと頷いた。





「あのね。アークが、何だかすごく楽しそうに歩いてるのみつけたの。」


「ふんふん、それで?」


「…だから、きっとおいしいものがあるとおもって…。」


「お前な! どーゆー基準で俺を見てるんだよっ!!」





思わず怒鳴るアークだが、アクアはいつものジト目で彼を見上げるばかりである。





「ほれほれ、クレープ奢ってやったんだから、もういいだろ。さー行った行った。」





しっしっと仕種で自分を追い立てる騎士を無視して、アクアはマリンの方を見る。





「マリン。」


「何でしょうか?」


「それ、何?」


「え? あ、ハイ。スコーンを焼いてきたんで…。」


「…バ…ッ…!」





…かやろぉ、という呟きは額を押さえたアークの口の中に消える。


バスケットを手にしたマリンはそんな彼をまた不思議そうに見詰めた。


一方、アクアの方はマリンの持つバスケットに釘付けだ。心なしか、瞳の輝きが増しているような感じである。





「すこーん…。」


「ハイ♪ 結構、上手に焼けたんですよ。」


「おいしい?」


「きっと、美味しいと思います!」





えっへん、と胸をはるマリン。


そしてじーっと自分のことを見上げてくるアクアに、にこにこっと笑いかけた。





「…一緒に食べます?」


「うん。」


「おいっ!」





同意と抗議の言葉は、二人の口から同時に飛び出た。





「何でそうなるんだよっ!?」





怒れるアークにやっぱりきょとんとしているマリン。


アクアはアクアでむーっとした顔を彼に向けている。





「いいじゃないですか。大勢の方が楽しいし。」


「そう、たのしいたのしい。」


「お前が言うな!」





叫んで、肩で息をするアークの顔をマリンが難しい表情で覗き込む。





「あ、アークさんってば…。」


「な、何だよ。」


「自分の分が少なくなるんじゃないかって心配してるんですね? 大丈夫ですよ。かなり多めに焼いてきたんですから。」





一瞬たじろいだ彼に向かい、マリンはぴっと指を立ててしかつめらしく説いて聞かせる。


もう、小さい子みたいなこと言わないで下さいねと説き伏せられて、アークは肩を落とした。





「…もういい。」


「ハイ?」





やっぱり全然分かっていないマリンに、心底脱力感を覚えながらも、アークは何とかその場に踏み止まった。





「じゃ、いこ。」


「ああ、はいっ! あの、アークさん?」


「…行くよ。」





アクアに引っ張られて慌てながら自分の方を窺うマリンの後ろを、嘆息しながらアークも歩き出した。


良かった、と笑顔になるマリンに内心で苦笑をかみ殺していると、彼女の陰に隠れるようにしながらもこっちを見ているアクアと目が合った。


…目は口ほどに物を言い、とはよく言ったものである。


あんたばっかり独り占めするんじゃないわよと言わんばかりの紫の瞳。


それはもちろん、お菓子のことばかりではなく。





「おい。」


「ハイ?」


「持ってやるから、貸せよ。」


「え? 大丈夫ですよ。私、これでも力はあるんですから。」


「いーから、貸せ。」





アークはマリンの手を捕まえると、そこから半ば強引にバスケットをもぎ取った。


すると、すかさず。





「せくはらだ。」


「やかましい!」





怒鳴ってから、はっとするアーク。


まずい。これではしっかりあの子供のペースに嵌っている事になる。


…大人に、ならなければ。


そんな内心の葛藤からだろうか、何とも複雑怪奇な顔になっているアークを見て、マリンがふきだした。


軽やかに、楽しそうに笑う彼女の様子に他の二人の表情も緩む。





(ったく、しょうがねぇな)





この、ドンカン少女にいろいろ理解させるのが先か。それともあの銀色の小姑を退けるのが先か。


…どちらにしろ、課題は多いようである。





「さっさと、行くぞ。」


「はーい。じゃ、行きましょ!」


「うん。」





…とりあえず、今日の所は。


例えどんなに珍妙な組み合わせであっても楽しまなければ損だから。


彼女の笑顔に、素直に包まれることにした。




〜Fin〜






↓個人的大前提↓
「アクアちゃんはマリンが大好きっ!」
…というわけなので、せいぜい苦労して下さい、アークv

違う意味で、二人とも手ごわいでしょうから・笑

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