短編小説

□恋心は甘くほろ苦く
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「はぁー、またこの季節がきたんだ」
「本当っすねー。なくなっちまえばいいのに」
「うわー、淀んでるわね」
「そうね。毎年この時期はあんな感じね」

 カウンター席とその内側に居る男達が揃ってカウンターの上に肩を落として突っ伏している。その頭上には暗雲がたちこめ、漂う空気が重い。しかし、傍から様子を窺っていた彼等の妹と姉にとっては、最早見慣れている光景だった。
 二月に入って二週目の月曜日。世の女性達が意中の相手に思いを伝える聖なる日、バレンタインデーだ。
 恋人が居るもの同士ならば、お互いの愛を再確認する良い機会でもある。だが、一般的な意見としてはモテる男性が得をする日。と、そうでもない男性側からすれば自尊心を傷つけられるか左右される一世一代の決戦日でもあった。そしてここにもその波紋は広がっている。

「智和めぇ、自分一人だけ浮かれやがって」
「そっちもっすか。今日は希美も朝からうざいくらい機嫌が良かったんすよ」

 恨めし気な声で親友の名前を呟く雅紀。向かいに座る優も同様に幼馴染みの名前を口にする。
 彼等の親友と幼馴染みは、この喫茶店で出会い恋仲へと進展した青年と少女だ。付き合い出したのは去年のクリスマスから。だから今日は、恋人同士になって初めて迎えるバレンタインデーでもある。

「で、その二人はどこ? やっぱり厨房?」

 一緒に来た筈なのに店内には居ない希美と、いつもなら会話に入ってくる智和がとんと姿を見せないことから、勘の良い正美は二人が居そうな場所を嗅ぎ当てていた。

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