BOOK05

□ほんとうはずっと待ってた
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山本に掴まれた指先が段々と熱を持ってくる。
山本の指先はじわりと暖かかった。

そりゃそうだ。と思う。
さっきまで女と手、繋いでよろしくやってたんだから。
そう思うと、悔しいのと寂しいのと悲しいのとごちゃ混ぜな感情に圧迫されて、俺は俯く。

いつかはこうなると、俺より女の方を選ぶ日が来るんだと覚悟していても、こんなに傷つくものだとは思わなかった。
ずっと一人だったから、今更平気だと思っていた。けれど、山本の存在は思いの外大きなものとなっていて‥‥、それさえも悔しい。


「離せっ!」


払い除けようとするも、中々離してくれない。いつもはすんなり払えるのに、
必死に抵抗する俺を見ながら、山本はあれ?と眉を顰めた。


「獄寺、指冷たくね?」


あ?と山本を見ると、山本は目を見張って、俺をまじまじと見つめ返してきた。


「もしかして、ずっと待ってたの……?」


はっ、と息を呑む。思わず肩を竦ませてしまった。
山本を待たないで家に帰ると約束をしていたんだった。
こんな暗くなるまで外に居たらダメだと言われていたんだった。


「え、と…その、忘れてた訳じゃねぇんだけど…」


山本がじっ、と黙る。
何の表情の変化もなくて、いつも煩い口も端で結ばれたままで、
それは怒っているようにも責めているようにも見て取れて、うっ‥と言葉に詰まってしまう。


「お、お前が最近野球ばっかだから!冷蔵庫が空だったんだよ!だからコンビニに行ってついでに、と思ってだな‥っ、と、とにかく、テメーのせいだ!」


だから、と口にした時にはもう山本の顔は見れず、俯いてしまった。


「約束、破ったのも…テメエのせいだ‥‥っ!」


我ながら苦しい言い訳だって分かってるし、責任転嫁するなんて情けねー、カッコ悪い。
うぅ、と唸って、更に言い訳を募ってしまう。


「でも、ファミリーの安全は右腕である俺が責任持って管理しなくちゃなんねーし、その、お前もファミリーの一員だからだな…」


俺は別にテメエみたいな野球バカのことなんてどうでもいいけど、
俺は右腕だから仕方なく‥
それにお前に何かあったらボスである十代目が悲しむだろう?あの方はお優しいから‥‥。それに、俺だってテメエがいないと張り合いねえし、

必死になって早口でもっともらしい言い訳を捲し立てる。


「だから!お、お前との約束、破るのだって…仕方なかった…と、思う…。多分」


山本は黙ったままで、俺は思わず眉を顰めた。
絶対、怒ってる‥‥。そう思ったら情けなく震えた。


「獄寺‥‥」


静かに名前を呼ばれて情けなく肩が跳ねてしまう。

ちくしょう、なんでテメエが怒るんだ。だって、女と手なんか繋ぎやがってイチャイチャ帰ってたじゃねえか。
そうだ、俺だって怒ってるんだ‥!そう奮い立たせて、山本を睨み上げる。

そして、へ、と言葉を漏らして目を見開いてしまう。
山本の顔が真っ赤で、今まで見たことないくらい何故か必死な顔をして固まっていた。
俺と目が合うと、更に顔を真っ赤にして、ちょ、今見ないで。と固い声で言って、顔を手で覆って、ふい、と逸らした。

きょとん、としていると、山本が、はあ、と熱っぽい息を吐いて
なんでそんなかわいーの、お前‥‥
と、囁くように地面に向かって呟いていた。
なんか変な幻覚見えてんじゃねーのか、と訝しく思っていたら、繋いだままだった手をぐい、と引かれる。そしてぎゅうと抱き締められた。


「そんな顔で、そんなこと言われたら‥‥我慢きかねーだろ‥」


そんなって、どんなだよ。
また山本が、はあーと深い溜息を吐く。
いきなり抱きついてきた腕から解放されて、ぐい、と肩を掴まれたと思うと、俺の手を取って指先を優しく撫でられ、両掌で柔らかく大切そうに包まれた。


「こんなに指が冷えるまで待っててくれて…なのに、嫌なとこ見せちゃったのに約束破ったこと気にしてくれてるのとか‥‥」


山本の眉が下がる。やさしくはにかんでいるような、なにかとても痛いのを我慢しているような‥表現し難い複雑そうなかおだった。


「かわいすぎて‥どーしよ、おれ‥」


拙いことばは本当に困っているような声だった。
指先にちゅう、と熱い唇が寄せられる。指先がびくりと跳ねて、顔がかあっと熱くなった。


「だいすき‥ありがとう、獄寺‥」


別にテメエの為じゃねえ!って叫べば、山本が優しく眸を細めて、でも嬉しいんだ。と微笑んだ。


「冷蔵庫の中身買いに行こう?」


手を繋いだままで山本が歩き出そうとして振り返る。
嬉しそうにへら、と笑う。
手離せ!と振り払おうとすると、今度は簡単に振り払えた。拍子抜けしてると、腕を掴まれて、ぐいと引き寄せられる。

耳元に唇を寄せられて、低く囁かれる。

そんで、今日泊めて‥?

唇を噛んで山本を見上げると、な?と眉を下げて微笑んだ。
そんな余裕のないような声で、顔で、頼まれて‥
っ、本当に卑怯だ。

返事の代わりにぎゅ、と手を握り返したら、
もう片方の手に持っていたコンビニの袋をさっと山本が奪い去った。


「この中の牛乳も、俺のだよな?」


袋の中の牛乳を目敏く見つけた山本が、勝ち誇ったように笑いかけてきた。
つーか、も、ってなんだよ。

ぎゅうと繋がれた手にじわりと汗が滲んでる。
なに?柄にもなく緊張してんのかよ、お前。ぷ、と堪えきれなかった笑みが口角を上げる。

俺だって男なんだ。
お前のことが心配だから、待ってるに決まってるだろ。ばか。

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