BOOK05
□D.掠れた声と吐息
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※↑Cの後日談
※アホな24獄寺君
※24山→24獄←部下
昨日のことはほとんど覚えていない。
何か玄関でガタガタと音がしたので目を覚ませば、不思議と熱は下がっていて、久々に爽快な朝を迎えた。
室内は誰かが看病した痕跡が残っていて、誰だろうか、と首を傾げた。
右腕として、数日のブランクを埋めようと張り切って、十代目に挨拶をしてから自分の執務室の机に向かった。
積もりに積もった書類の山は、ほとんどが他の幹部や十代目の目が通っていて、あとは総責任者の俺の捺印を空白としているだけだった。
ボスである沢田という捺印、そして幹部はほとんど、山本、という捺印が押してあった。
「……一応、礼でも言っとくか」
息抜きがてら、と立ち上がり、山本の執務室へ向かった。
大理石でできた長い廊下を高質な革靴で蹴って歩く。
目先にある角を曲がれば、すぐ山本の執務室だ。
(なんて礼を言おうか……)
昔から素直になれない俺。
本当は山本のこと嫌いじゃないのに、未だに会えば気にくわないなどという憎まれ口しかたたけない自分。
それに山本に負けたくない、という強情な感情は右腕になっても無くなることはなかった。
まだ山本に劣等感を感じているのか、それとも対等でいたいと思っているのか……
冷静な頭とは裏腹に胸は熱く高鳴るから困ったものだ。
角を曲がろうとすれば、山本さんって、と部下の声が聞こえて思わず立ち止まって聞き耳を立ててしまった。
「今日、山本さんエロいよなー。男って分かってるけど、マジときめく」
「なんか風邪ひいたらしくて、恋人にうつされたとか言って幸せそうに笑ってた」
「えー恋人いんのかよー。いいなー羨ましいぜ。一回抱かれてみてえよなあ……」
山本に恋人なんていんのか…?
ふ、ふーん。
やるじゃねえか。
そんなことより
ちくしょう、何で山本ばかり部下に好かれやがって……っ!
俺が右腕なんだ、見てろよ……。
俺だってエロいとこ見せて部下に見せつけてやるんだからな!!
何か最初と主旨が違っている気もするが、俺は山本の執務室へ乗り込んだ。
「おい山本っ!!」
「あ、獄寺」
っ、た…確かに声が掠れて吐く息も熱っぽくて、く、悔しいけど大人の男を感じさせるのは認める、け、ど……。
「どうした?あっ風邪治ったのな」
「ああ、まあな」
あっ今から紅茶淹れてくるから待ってて、と病人の筈の山本が何故か浮き足だってるから、
いや…、と慌てて止めようとしたけど、美味い紅茶が手に入ったのに、と残念そうにするから、思わず言葉を引っ込めて備え付けのソファにドカッと腰かけた。
すっかり山本のペースだ。
けれどこれから大人の色気を見せて、お前に、エロいとかカッコイイとか、言わせてやるから見てろよ!
と、威勢を張ったのはいいが、紅茶を淹れに、執務室の隣にあるキッチンに行くために部屋を出ていこうとしていた。
「あっ、」
「ん?なに、行ってほしくない?」
寂しい?とバカにしたように聞いてきたから思わずカッとなって顔を真っ赤にして、ムキになって否定してしまった。
すると軽快に笑って、この部屋を出ていってしまった。
「チッ…」
眉を寄せて舌打ち。
余裕ぶりやがって……。
俺はソファで足を組んで、さてどんな風に山本に勝とうか、と思惑していた。
いい案が思いついたと同時に、コンコンと扉をノックする音が響いた。
俺なら、入れ、と許可を取ってからではないと入れないのに、山本はそうではないらしくて、一つノックで部屋に失礼します、と軽く入ってきた。
「山本さーん、ってあれ?獄寺さん?」
お疲れさまでーす、とニヘと破顔させた、山本の部下。
部下にどういう教育をしているんだ、と頭を抱えたくなったが、せっかくなのでコイツでまず試してみることにした。
「なあ…」
できるだけ上目遣いで部下を見つめる。
できるだけ熱い吐息を吐いてみる。
部下は直ぐに顔を真っ赤にして生唾を飲み込んで、掠れた声ではい、とぎこちない返事をした。
「熱く……、ないか?」
名一杯掠れさせた声でそう言って、少し熱っぽい息を吐き出して、
ネクタイを弛めて、ボタンを3つくらい外した。
そして顔を近づける。
もう唇と唇が合わさるくらい近くまで。
そして唇を舌で辿った。
「なあ……?」
決まった。
山本よりエロいだろ?
大人の魅力感じるんじゃねえのか、
そう尋ねようとしたら、いきなり柔らかい絨毯の上に押し倒された。
へ……?
部下が荒い鼻息で俺を熱っぽく見つめてくる。
「は?ちょ、え?」
「獄寺さん!もう限界です!抱かせてくださいっ!!」
部下の唇が迫ってくるのが怖くて、思わず顔を逸らした。
嫌だ、嫌だ、山本……!!
……って何で山本?
瞬きを繰り返して、あれ?と硬直していると、ダーン!とすごい音がして、扉が壁に当たって軋んで跳ね返るどころかそのまま壊れるくらいの勢いで執務室の入口が開いた。
部下が、ひぃっと悲鳴を上げて俺から退いて逃げていった。
俺も起き上がってみると、すっげえ顔した山本が穏やかじゃない空気を纏って立っていた。
山本は部下を横目で冷ややかに見つめたあと、俺をすぅと眸を細めて見据えた。
キレてる……。
完全にキレてる。
「なあ…何してんの……?」
低い相変わらず掠れた声。
俺ははだけた前を掴んで、露出した肌を隠した。
「なに恋人の前で他人釣ってるわけ?」
「は…?こい、びと……?」
なに、とぼける気かよ。
と山本が眉を寄せたと思ったら、急にふらと山本の体がぐらついた。
山本に慌てて駆け寄って背中と肩を支えてやる。
「サンキュ……」
「無理すんなよバカ……」
ゆっくりソファまで連れて行って、そっとソファに座らせる。
山本は額を押さえて、相変わらず眉を寄せていた。
何だか知らないけど山本を怒らせてしまった俺はすっげえ居たたまれない心境だ。
「なあ…恋人って……その……俺?」
山本はぐわりと目を見開くと、信じられないと言うように俺を見た。
「昨日、のこと忘れたのか…!?」
「っ、わ…悪い……」
「そっ…か……」
それきり山本は何も言わなくて、途中途中辛そうに咳き込むだけだった。
もしかしたら、
これも、俺がうつしたのかも。
早く此処から立ち去りたいけど、タイミングがわからなくて、
ずっと俯いていたら、山本が苦しい沈黙を破った。
「……さっきの…なに?」
「あ、あれは……、その……」
山本が真っ直ぐにジッと見つめてくる。
俺はこの眸が昔から苦手だ。
真っ正面から向き合ってくる、この眸が。
何よりの自白剤なのだから。
案の定、言葉は惜しげもなく、どんどん出ていく。
「山本、が…部下に好かれてるのが悔しくて……俺だって男らしいとか、エロい、とか言われてみてえし……」
顔から火が出るほど恥ずかしい。
山本を恐る恐る見ると口をポカンと開けて絶句していた。
「山本……」
「ん?」
俺はさっき部下にして見せたようにシャツの前をまたさっきのように開けて、上目遣いで山本を見た。
「何か……熱い……」
山本が固唾を呑み込んだのが分かった。
「エロい?」
「ん……もうヤベエ」
掠れた声で、
吐く息も熱っぽくて、
少し汗が伝う頬を染めて、
厚い唇で、
射ぬくような雄の眸で、
ああ、山本がカッコイイ、なんて初めて、すんなり認められた気がした。
「お前のが、ヤベエ」
山本の胸板に手を寄せて、少し背筋を伸ばして山本の唇に自分の唇を寄せた。
そのキスの途中、
思い出したんだ。
当初の目的とか、くだらないライバル心とかそういうのじゃなくて、
自分の本当の気持ちと、
昨日の優しいキスのこと。
そういうのを、思い出したんだ……。
End