BOOK04

□I.いつか罪に呑まれても
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唇を離すと、名残惜しそうに獄寺の眉は顰んで眸は潤んだ。

獄寺がもう一回とキスをせがむように、首に手を回す手に力を入れて、俺の肩口に顔を埋めてきた。


しかし、これ以上キスしてしまったら、自分を抑える自信がなくなるから、できなかった。


「なあ、お前……名前、何?」


獄寺が尋ねる。

けれど俺は首を横に振って、その質問には答えなかった。


「知らなくていい」

「は……?」


獄寺は俺の首に回してた手を緩めて、丸い眸で俺を見た。

その眸は潤み、波のように揺れていた。


「知らなくていいんだよ、獄寺。俺のことなんか知らなくていい」

「何で、」

「忘れるんだ、忘れて…何も知らないフリをしておけ」


獄寺の眉が中心へ寄る。

俺は息を大きく吸い込んで、獄寺の双眸を捉えた。


「そうすれば、お前は幸せになれるから。平和にいつも通り暮らせるから」


そう言い終わるや否や、獄寺の右ストレートが俺の頬に飛んできて、更に腹まで蹴られた。

思わずベッドから転がり落ちる。

すると獄寺が俺の胴に跨がって、俺の胸ぐらを掴んだ。


「ふざけんじゃねーよ!!」

「ごく、…」


左頬を押さえながら、獄寺を見ると、また右に拳をつくって構えていたので慌てて両手で制した。


「こんだけ人を好きにさせといて……っ!何が忘れろだ!!忘れられるわけねえだろっ!」


こんなに好きなんだから…

獄寺が小さく掠れた声で呟いたのが分かって、胸がぎゅうって締め付けられた。


「それとも…てめぇは直ぐ忘れられる程度しか俺を好きじゃなかったのかよ…」

「――っ!?んな訳ねぇだろっっ!」


思わず声を荒げて、激しく叫んでしまった胸の内。

獄寺は鳩が豆鉄砲食らったような顔をして俺をさっきより丸い眸で、ぽかんと口を開けて見ていた。


「好きだ、好きだよ、愛してるよ!」


気が狂いそうな程。


「できるなら、お前の全てを奪って、拐って、俺だけしか見えねぇ所に隠しちまいたいくらい……っ、好きだ……」


誰にも触られたくない。

こんなに自分が壊れそうな程、それでいて尚、好きで仕方ない相手。


「でも、俺といたらお前はダメになる。危険な世界なんだよ…」


唇を噛み締め、必死に訴えると獄寺は俺の首に回していた手をするりと解いた。

獄寺は真っ白な首を俺に惜し気もなく晒すと、俺から初めて顔を逸らした。


鼻を啜る音と、小さく短い嗚咽が響く。


獄寺の髪に手をかけようとして、手を引っ込めた。

眸と唇を固く結ぶ。


「…………いい……」

「え…?」

「それでも…、いいから……」


獄寺の眸も表情も綺麗な銀の髪に隠れて見えない。

高く透き通る鼻だけが、時々ひくりと動くのしか分からない。


無性に、泣きたく、なった。


「それでもいいから……」


獄寺がやっと俺と向き合うように正面を向くけど、直ぐに腕で眸を覆ってしまった。

そして俺の服の袖をキュッと掴む。


「傍に、いて…」

「ごく、」


固唾も息も、一気に飲み込んだ。

腕を静かに額にずらした獄寺の表情は、泣きじゃくる子供そのものだった。


「もし俺が危険になったら……お前が、護って、くれる……?」


護って、くれるだろ……?


「あたり、前だろ」


獄寺が縋るように俺を見つめるから、そんな幼い子供の不安そうな表情の獄寺を抱き締めた。


「絶対、護るよ」


例え、命に代えても護る。

だから、君から離れられない俺の罪を、許してください。


“俺、名前、山本武って言うんだ”

告げたら、後戻り出来ない。

罪は積もるばかり。

君にもいずれ苦しく、辛く、痛い思いをさせるだろう。

後悔だってさせるかもしれない。





「俺、―――――――」



















いつか罪に呑まれる時が来ても、

君は全然悪くない。


俺は君に逢えて、君の傍にいることができて、幸せだったから。


君が、俺の隣で笑っているだけで、
もう何にも恐くない。







――――呑まれる時は君と一緒に…



End

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