BOOK03

□D.きみが愛しいと気づいたから
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恋、という恋はしたことがない。

彼女は一年の時に一人いた。

ほとんどお試し感覚の彼女だったんで、キスしてセックスして。

気持ちよかったは気持ちよかったけど、感情が伴わなかった。

ハッキリ言って、好きじゃなかった。


やっぱりこういうのは好きな人とじゃないとダメなんだ。
って思い知らされた気がした。


「へえ、山本にもそういう体験があるんだねー」

「まあなー。野球だけでいいって思い知らされた気がしたよなー」


ツナがふふ、と笑う。

野球バカ、という声がポツリと聞こえた気がした。


「本当、当分野球一筋でいいかなぁ…」

「山本らしいね……って、あ!俺週番だったんだ!じゃあ先に行ってるね」


一気に辺りはしん、として獄寺と二人きりになった。

その事実があるだけで、胸が叩きつけられる。

心臓が出てきそうだった。

こんなに静かだと鼓動と、固唾を飲み込む音が獄寺に聞こえそうで、必死に話題を探し出す。


「な、なあ!獄寺はさ、恋…とか、したことあんの?」

「……」


フェンスの外へ腕をぶら下げてどこか遠くを眺めていた獄寺を見上げる。

獄寺はこちらを振り向かない。


「……あるぜ……」


遠くにいる誰かを思うように目を細める獄寺。

俺に向かない眸。
遠くをずっと見る眸。


獄寺が遠くにいる誰かを好きで、誰を思ってるか、なんて……気にならない。

筈、なのに。

気になる方が、嫌な気持ちになる方が、おかしいのに。



「獄寺!」



“俺を、見てよ”


立ち上がって、フェンスの外で宙吊りになっている獄寺の細い手首を掴んだ。


獄寺が目を見開き、俺を見る。
俺を。



永い沈黙。



何も言えない俺に、獄寺がふと優しく笑った。


「何なんだよ」


掴んでいた細い手首が、獄寺の手にするすると変わる。

そして、その手は俺の手を握った。


それがすごく愛しくて、

ああ、これが恋なんだ。って思った。

ただ愛しくて、

ああ、好きだな、って。
獄寺が好きだな。って思った。


愛しくて、
泣きそうに、なった。

こんなに切なくなるなんて思わなかった。


胸がきゅうって、何かに締め付けられた気がした。


殴られるの承知で俺も固く握り返した。


殴られても、怒鳴られても

それでもいい。

君と手を繋ぎたい。



End

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