感謝感激雨嵐

□★ Not in the program skills
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ただいま、と言いかけて口を噤んだ。
ただいま、なんて言葉、もう何十年口にしてなかっただろう…。
そんなこと考えながら自分の家の扉を開ける。男の独り暮らしなんてそんなもんだろ、と思いながら。

らしくない、こんなことを思うなんて。
こんなことを昔は考えもしなかった。
―――――アイツのせいだ。


5月9日


あの日だって何の予定もない、いつも通りの帰宅だった―――――

はあーっ、部長の奴何もしねえ癖して残業押し付けやがって。
何だよ家族がいるからって、毎回毎回、俺への当て付けかよ。
ちくしょー、ガンと壁を蹴って、鍵を部長の顔を思い浮かべながらぐさりと鍵穴に差し込む。

あれ…?明かり、灯いてねえか?
鍵をそのまま抜いて、そろりと扉を引く。
ガチャ、……開いてる……。
そろそろと開けて、中を覗き込む。


「お帰りなさいませ、ご主人様!」


うわーーー!と叫びそうになった口を慌てて押さえて、思わず扉を閉めた。
だだだだ、誰だ!アイツ!
大柄の男が、エプロンつけた不審な男がっ!

っ、考えろ獄寺隼人。
冷たい空気を吸って落ち着く。
部屋間違ったか、表札を見る。獄寺と書いてあった。
俺の部屋だ。と確認して、扉を再び開ける。

やっぱりまだいた。
丸い目をバチパチと瞬かせて、首を傾げている。正座して床に三本指まで立ててやがる。
コイツ、部屋間違えたのか?


「お待ちしておりました獄寺隼人様。ただいまの挨拶は重要ですよ?」


なんなんだ……。
呆然と立ち尽くしてしまった。
ドサッと鞄が落ちて、ギィと後ろの扉がゆっくり閉まっていく音が耳に残った。
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