刀剣夢
□屈辱にお返しを
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数多の敵を蹂躙しながら、青江は滑るように駆け抜けていた。声は上げず、雑念すら捨て去って刀を振る舞う。しかし内に宿る暴力衝動は、衰えることなく発動し続ける。
「そんなに僕が欲しいのかい?」
青江はにっかりと笑って、哀れな敵をまたたく間に刺殺していく。血飛沫は目が眩むほど色あざやかで、美しい。彼は過去の愛人でも思い出したように、うっとりと目を細めた。金色の右目を溶けてしまいそうなほど、しっとりと潤ませる。
「だったら恥ずかしがらないで、出てきておくれよ」
青江はその類いまれな美貌を、場違いなほど蕩けさせて、ぬるりと広間に入り込んだ。
「ああ、いいねぇ……そういうの嫌いじゃないよ」
青江は甘い吐息を漏らした。刀を構えているのは、年若い男一人だけだった。端正ではないが、醜男というわけでもない。といっても、その顔にあらわれているのは憎悪だけである。
「強がっているんだねぇ。でもそれって、何か意味があるのかなぁ。一応、降伏をおすすめするけど」
「誰が降伏などするか!この忌ま忌ましい化物風情が!」
男は青江を睨み付け、吐き捨てるように吠えた。
「貴様などに哀れまれる筋合いはない!あの小娘を慰めているだけの、汚らわしい肉人形なんかになぁ!」
瞬間、青江の内部で最も危険な装置が作動した。
あでやかな深緑の髪が、さざ波のように揺れ動く。前髪によって、ひっそりと息を潜めていた右目は、血のように赤く光った。その瞳孔は開かれ、あられもない殺意が剥き出しになる。
青江は刀をまっすぐに構え、突風のような速さで男の股間へ突き刺す。硬くて、それでいて柔らかなものへもぐり込む感触が生じると同時に、男の哀れな悲鳴が上がる。内蔵そのものから発生する激痛に、男は顔面をゆがませて、剣を落とした。
青江は冷笑を浮かべる。無様で滑稽な男の姿を見下ろしながら、冷ややかに言った。
「肉人形ねぇ……たしかに、君の言う通りだよ。それで、その肉人形にいたぶられる気分はどうだい?」
「ぎっ、ぎさまっ、この、おれを、おれを、だれだと」
「おやおや、まるで盛りのついた犬だねぇ。……こんなに痛くちゃ、もう僕の主を馬鹿にする気になれないだろう?」
「なにを、ふざけた、ことをっ」
「このまま君の首を斬り落とすのは、調理された鳥を斬るより簡単なんだ。でも僕の主は優しい人だからねぇ……だからもう一度だけ、言ってあげよう。……降伏をおすすめするよ?」
青江の声は静かで、おそろしく丁寧なものを含ませていた。けれどそれでいて、石のように無機質で冷たい。どこまでも冷酷なその声が、男の命をぞくりと撫で回す。
この言葉を拒めばどうなるか、考えるまでもない。
「この、ばけものがぁぁっ!」
かえってきたのは、憎しみに満ち溢れた絶叫だった。
男は血で染め上げられた股間から手を離し、青江へ掴みかかろうとする。その顔面は見るも無惨に変わり果て、風船のように膨らんでいた。
「はいはい」
青江は呆れたような声を響かせ、刀を構える。ためらいの欠片も感じられない、流れような動作だった。
「だったらもう君は、笑う必要もないね」
青江の刀が、男の首をあっさりと斬り落としたのは、次の瞬間だった。
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