刀剣夢

□溶けるほど優しく抱き締めて
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時たま、どうしようもないほど孤独に苛まれる時がある。理由は分からないし、それについて深く考えたことはない。だって考えたところで何も解決しないから。こういう時、膿んだ傷口がジリジリと痛むような感覚に苦しめられて、眠れなくなってしまう。息も出来ないほど、深い海に沈むような感覚。ある種の発作ってやつだね。これでも、刀剣より生まれた付喪神なんだけれど。情けなくて笑ってしまう。にっかり青江なだけに、ね。
 
昔の主(もう顔を思い出す事が出来ない)がこんな僕を見たら何て思うだろう。きっと、不良品だと蔑んで置き去りにしてしまうよな。だからといって昔の主を恨む気はない。戦えない刀に意味なんてないのだからね。捨てられて当然なんだ。
 
だから、今の主がちょっとだけ変り者なんだ。
 
こんな時、彼女は蔑んではこない。怒ることもしない。そっと僕を優しく抱き締めてくれる。母親のように、姉のように、恋人のように。小さく可憐な体で、僕の体を包み込もうとする。年端もいかない少女の甘やかな慈悲は、花の蜜のよう。それが、傷だらけの僕の心に浸透していく。
 
「大丈夫ですか?」
 
彼女は必ずそう言って、僕の身を案じる。鈴の音のように透き通った声は心地よく、僕は思わず彼女の小さな体に身を委ねる。彼女の柔らかな感触が伝わる。それは春の木漏れ日を思い出させ、僕を安堵させた。ああ、と思わず目を閉じる。こんな姿を、他の刀剣男士には見せられない。弱々しく、今にも壊れてしまいそうだから。まるで使い物にならないと思われたくないしね。
 
「大丈夫だよ」
 
僕は必ずそう答える。勿論、見栄っ張りなただの嘘。彼女もそれを知っている。けれど、そんな僕のなけなしの見栄を攻めたりはしない。優しい優しい僕の主。年端もいかない女の子に対して、恥ずかしい気持ちはある。けれど、同じくらい幸せを噛み締めている。愛しい彼女を独り占めに出来るのは、男の身を得たからなのか。それとも、他に理由があるのか。
 
「大丈夫だけど、もっと強く抱き締めてくれないか」
 
こういう時、僕は決まって彼女に強請る。子供のように甘い声で、彼女の耳元に囁く。本当は泣き出したくなるような強い発作でどうにかなりそうなんだけどね。流石にそこまでの姿を彼女には見せたくないのさ。一応、これでも付喪神だから。といっても、彼女にはお見通し。けれど、笑いもせずに僕のお願いに応えてくれる。
 
「強く、強く抱き締めてくれ……」
 
僕は彼女にしがみつく。彼女の小さな体では、僕を上手く抱き締める事が難しい。それでも彼女は、僕の体の中に納まってしまうほどの小さな体で、一生懸命に僕を抱き締める。そんな愛らしい彼女の顔は、僕の肩に寄せられる。これを至福と言わず、何と言おう。
 
痛みも苦しみもない。少しずつ、発作が和らいでいく。彼女の甘酸っぱい香りに包まれ、思わず気持ちが緩む。子供が母親を求めるそれに近いのかな。いや、それだけではないのかもしれない。だって、僕の体は間違えなく男。そういう気持ちもあるってことさ。勿論、彼女には内緒。言ったらきっと驚くだろうから。
 
「ありがとう」
 
僕は素直に感謝の気持ちを口にする。少しだけ熱っぽい声が痛々しく思えてしまう。けれど、彼女は怒らない。健気なまでに僕の身を心配してくれる。まるで奉仕にすら思えてしまうその姿が恋しくて、愛しい。そして切なくなってしまう。本当に彼女は変り者。戦力としては問題だらけのこんな僕を、捨てずに傍に置いておくのだから。
 
けれど僕は悪い付喪神だ。
 
彼女に抱き締められ、彼女のあらゆる優しさを堪能しているのに、心の片隅で僕は小さな物足りなさを覚えている。
 
もっと欲しいと心の根深い部分が叫んでいる。それが時たま、獣のように僕に語りかけてくるのだ。飢えを満たせと、強い欲望を剥き出しにしてくる。それは春の嵐に似ている。これもまたある種の発作。勿論、僕はそれに従わない。だって、彼女への裏切りだから。
 
でもいつか逆らえない時がくるのでは、と僕は思っている。それがとても怖くてならない。だってそれは、彼女を失うに等しいこと。お願いだからどうかそうならないで。彼女を失うなんて耐えられない。その悲しみはきっと、僕の狂気となってしまうから。
 
「……もっと抱き締めしてくれないかな」

そうして僕は再び彼女に強請ってしまう。寝言を口にするように。
 
ごめんよ、愛しい僕の主。

お願いだから今だけは、溶けるほど優しく僕を抱き締めてくれ。

 
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