刀剣夢

□君が笑えばそれで良い
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桜散る夜、君は本丸を後にする。
 
もう此処には帰れない、戻れない。此処は君の大切な宝箱。壊さずそのままにして、君は本丸を後にする。
 
まるで過去を置き去りにするように。まるで過去と別れを告げるように。
 
皆が眠る静かな真夜中、君はそっと部屋を出る。眠る家族を慈しむように眺め、けれど一粒の涙も流さない。君の美しい瞳は、氷のように枯れている。けれど、水を求めようとはしない。それを罪とすら思っているように、君は瞳を光らせて家族を見渡していた。永久の別れにしては、飾りなどまるでない。
 
皆は知らないだろう。知らないまま眠り、朝を迎える。主の失った本丸を見て、何を思って感じるだろう。悲しむだろうか、嘆くだろうか、怒るだろうか、憎むだろうか。否、きっとこれらには当てはまらない。主を失う喪失感は、こんな言葉では語り尽くせない。
 
だけど、僕だけは違う。何故かというと、君という女の子に恋をしているから。ずっと昔から君を愛しく思って見ていたから。だから、ずっと前から君の小さな変化に気付いていた。君の健気で愛らしい瞳が、徐々に別の世界に向いていること。蛍のように小さな輝きを放つ瞳が、全く別の光に変わりつつあること。
 
最初から、気のせいだとは思わなかった。最初の変化に気付いた時、僕だけは分かっていたよ。君はこの本丸を出ていくことを。きっと何も言わず、何も語らず、何も話さず出ていくのだと思っていた。そんな風に気持ちを閉じ込め、なかったように思い込ませ、本丸を出ていくと思っていた。
 
そうしたら君は、僕の思った通りにする。僕の考えた通りに、予想した通りに動いてしまう。ああ、嬉しいけれど、悲しく思うよ。僕にだけは、少しでもその気持ちを教えて欲しかったな。君の小さな心の部屋に、僕を飾って欲しかった。けれど、君はそうしてくれない。部屋の外に飾られた花のように置いてかれてしまうのか。
 
秘密を秘密にしたまま、君は本丸を後にする。
 
何処へ行くかも分かっているんだよ。僕は、君のことなら何もかも分かっているのだから。分からないことなんて、何一つないんだ。
 
きっと家族への裏切りだと思って、罪悪感を感じているんだろう。そこが君の愛しく思うところなんだけれど、そういうところ、君の悪い所だと思うよ。僕にだけは、言って欲しかったな。怒ったりしないよ。怒るわけないだろう。君が敵側に付こうと関係ないんだよ、僕にとってはね。
 
最終的に、君が笑ってくれればそれで良い。
 
本丸を後にする君を追いかける。
 
桜舞う美しい夜はいつまでも続くように思えた。月光は眩しく、君の小さな体を照らす。まるで真珠の輝きにも似た美しさが、僕の心を君へと誘う。高鳴る胸は今にも破裂してしまいそう。君は気付いくれないけれど、僕はどんな君も好きだよ。
 
だからどうか一人で行かないで。
 
僕を連れていって。君の為なら何だってするし、何だって斬れる。君が、笑ってくれるなら何でも出来るんだよ。

だからどうか一人で行かないで、お願いだから。
 
願うように、祈るように、縋るように、君に向けて手を伸ばす。僕の手は、情けないほど震えている。きっと君も分かっただろう。分かったなら笑ってくれて構わない。君が笑ってくれるのは幸い。僕にとっては幸せで、嬉しいこと。
 
本丸を後にする君は、僕の手を握る。
 
君は恥ずかしそうな、悲しそうな、嬉しそうな……言葉では上手く言えない表情をしている。君は、感情を器用に表現出来ない人だよね。知っているし、そういう不器用さも好きだ。顔には出せなくても、僕の手を握ってくれるだけ十分。君の気持ちが分かるよ。だって僕は君のことなら何だって分かるから。それくらい、君をずっと見ていたよ。
 
ありがとう、僕を連れていってくれて。君が何処へ行こうとも、君を一人にはしないよ。ずっと君の傍にいるよ。ずっと君を守るよ。僕は君がそれだけ好きなんだ。愛しくて、苦しくて、切ないほど君を想ってる。いつか、そんな僕を君は笑ってくれるかな。理由は何でも良い。君が笑ってくれるならそれで良い。

桜散る夜、僕らは本丸を後にする。
 
もう此処には帰れない、戻れない。此処は僕らの大切な宝箱。壊さずそのままにしておこう。斬るにはあまりにも、尊く大切なものだから。

君が笑ってくれればそれで良い。

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